第三章

12/58
前へ
/378ページ
次へ
「おや、この琴の音は、お前の姫様が弾いているの?」 「ええ、そうよ。この音は、姫様だわ」 「素晴らしい音色だね。お人柄が偲ばれるよ」 惟成の言うように、その琴の音は、優しくて温かくて。でもどこか寂しさの残る、聴く者の心を惹きつける音色でした。 それは、落窪姫がまだ幼い時。亡き母君が姫に手ずから教えてくれた、筝の琴です。 姫の母君も大変な名手でございましたが、その血を継いだ落窪姫は、母君よりも深い音色をはじいたのでございます。 この亡き母君が残してくれた筝の琴は、運よく北の方の手から逃れておりました。 それは、このお邸の十歳に満たない三郎君(三男)が、筝の琴に興味を持っていて、一番上手に弾きこなす落窪姫に、指南をさせているからです。 そんなことでもなければ、きっと琴は北の方に奪われて、もう二度と弾けなくなっていたでしょう。 ですが今日は、そんなことを気兼ねする必要もございません。 落窪姫は、心を込めて弦をはじきました。
/378ページ

最初のコメントを投稿しよう!

860人が本棚に入れています
本棚に追加