第三章

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「こんな酷い身なりを見られて、恥ずかしくてたまりません。 どうか腕をお離しください……」 涙ながらに訴えるその声は、近くで聞くといっそう可愛らしく、右近の少将は落窪姫の顎に手を添えて、姫の顔を上向かせました。 その時でございます。 しとしとと振り続けていた雨が止み、厚い雨雲からにわかに顔を出した月の光が、お部屋の中に柔らかく射し込みました。 (これは、なんと美しい……) 少将の目に映る落窪姫は、今まで見たどんな姫よりも美しく。一瞬で少将の心をくぎ付けにいたしました。 確かに姫の衣装は、暗がりでも分かるほど古びてみすぼらしいモノです。 緋袴は色あせ、白い単衣も擦り切れて所々肌が透ける所さえ、ございます。 化粧を施し髪を梳き、綺麗な衣装を幾重にも着飾った姫は、本来の姿の何倍も美しく見えるもの。 ですが、落窪姫は、その身を飾る衣もなく化粧も全くしておりません。 それなのに、月の光を浴びた髪は、濡れたように艶やかで。少将を控えめに見つめる黒目がちな目は、この世の穢れを知らないように清らかです。 少将は、初めて自分の胸が波打つ感覚を、心地よく思いました。
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