第三章

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其の参 落窪姫の部屋の前に、足音を忍ばせて阿漕は近づきます。 もう何度も、こうして部屋の前に来ては、踵を返しているのです。 (嗚呼。いったいどんな顔をして姫様に会えばいいのかしら。 でも、ずっとこうして顔を出さないわけにもいかないし……) 音を立てぬよう、少しだけ引き戸を開くと、落窪姫は頭から夜具をかぶって、身を隠すように突っ伏しております。 (やっぱり、ひどく傷ついていらっしゃるんだわ) 阿漕はもう少し時間がたってからご挨拶に伺おう、と。結局自分の局に戻ることにいたしました。 そこへ、惟成の使いの童が文を持って参りました。 受け取ると、少将からの後朝の文もございます。 契を交わした恋人同士は、衣を交換して別れた後、文を送り合うのが習わしでした。 この文の届くのが早ければ早いほど、相手に本気だという証しなのです。 例えば昨日のことは遊びでしたよ、と言うような場合は、お文が届くのがすごく遅いか、お文自体送られないということもございました。
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