第三章

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落窪姫は、そんな阿漕をなだめるように微笑みながら、思わず口を開きました。 「でも、雨が降らなくてもおいでになられなかったかもしれないわ……」 だったら、雨という理由があった方が、気持ちにおさまりがつくもの、と。心の中で続きをつぶやいて、姫ははっと致しました。 (嫌だわ。これじゃあ私、右近の少将様のおいでを心待ちにしているみたい) 普段から何も望まず慎ましやかに暮らしていた落窪姫には、この『期待』という感情が堪らなくはしたなく思えたのです。 そんな姫の心の内を察する阿漕は、心の中で惟成に叫びます。 (お願い、惟成さん。 どうか、少将様をこちらにお連れしてっ) そのように阿漕が祈りをささげているその時、右近の少将と惟成は、まるで輿を担ぐ従者のような格好で、一つの傘に身を縮め、暗くぬかるむ夜道をひた走っておりました。 お邸を出て少し経った頃。 前方から大勢の従者ににぎやかな前払いをさせて、大雨に負けないほどのたくさんの松明を灯した、雑色(ゾウシキ・無位の役人)の一団がやって参りました。
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