第三章

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このように口々に好きなことを言い合って、笑いながら少将の横を通り過ぎました。 その際、一人の雑色の肩がドンっとぶつかり、よろめいた少将とそれを支えようとした惟成は、道端に転げてしまいます。 しかも運悪く、そこに牛の糞が落ちていて、衣がひどく汚れてしまいました。 「せっかくこうやって姫の下に忍ぼうとしたのに、こんなに汚れて、糞の臭いなんかさせていたら、姫に嫌われるんじゃないだろうか」 「こんな酷い目にあったからこそ、忍んで行ったことの価値が上がりますよ。 きっと姫様は感動されて、この糞の臭いも、香しい麝香の匂いだと、勘違いされるんじゃないですか?」 右近の少将と惟成は、顔を見合わせて笑い出しました。 「しかし、あやうくあいつらに捕えられそうになった時は、生きた心地もしなかったよ。 あれは、衛門督(エモンノカミ・警護担当の武官)の部下だろうか。まったく生意気なやつらだったなぁ」 そんな風に笑う少将を、惟成は大変誇らしく思います。身分が高いのに、こんな出来事にも目くじらを立てず、笑い飛ばせる人柄を、惟成は本当に好ましく思っているのでした。 「この大雨で汚れも大分落ちるでしょうから。さあ、若様、急いであちらに参りましょう」
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