第三章

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「お前に叱られて身を竦めている惟成が気の毒で、直衣を脱いで指貫の裾を脛までまくって、徒歩(カチ)で忍んで来たのだよ。 けれど途中で泥に足を掬われて、転んでしまったのさ」 少将のその軽口が微笑ましく、また大変ありがたくて、阿漕は急いで少将の着替えを準備いたします。 「濡れた衣はこちらで乾かしておきますわ」 そういって阿漕は深々と頭を下げると、自分の部屋に下がっていきました。 少将が落窪姫に視線を送ると、姫は袖でお顔を隠して向こうを向いております。 「こんな姿になってまで、貴方に会いに来たのですよ? それを嬉しいと、抱き着いて下さるのを期待してたんですが……」 少将がそっと姫を抱き寄せると、その袖がしっとりと濡れているのです。 自分が来ないことに、この姫が涙を流してくれたのだと、少将は姫を抱く腕に力を込めました。 「どうして泣いていたの」 「少将様がもうおいでにならないかと思うと、雨の雫のように、涙が袖を濡らしたのですわ」 「私の気持ちは、こうしてここにやって来たことで、もうはっきりとお分かりだと思うのですが」
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