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「この鈴森の土地を売るつもりはありません」
拓郎は変わらずニコニコしており、悟も温厚そうな営業スマイルを浮かべ続けた。佳奈美も一切動揺しない。
拓郎は条件を引き上げに来ているのだ。下手に付くわけにはいかない。
「何がお気に召しませんでしたか?」
悟は冷静に聞き返す。しかしその口調は先ほどまでより少し強い。
さぁ、お前の条件を言ってみろ。
悟と佳奈美はまた拓郎の返事を待つ。
拓郎はさっきと同じ表情、同じ口調で、
「この土地を売るってところかな」
『・・・・・へ?!』
悟と佳奈美は素っ頓狂な声をあげた。
これから熱い交渉バトルを繰り広げようとしていた二人は肩透かしを食らう。
確かに売りたくない相手から売ってもらうのも交渉なのだが、悟はもう次の、条件の上がりをどれほど抑え込めるかに意識がいっていて、直ぐには言葉が出なかった。
それでも佳奈美は何とか冷静を装って、事態の把握、つまり自分たちが今、交渉のどの段階にいるのかを正確に把握しようとして、
「それは、つまり、書類に提示した条件が低すぎるために取引には応じないということでしょうか?」
「いいや、初めからこの土地を売る気はないよ」
悟たちは未だ交渉のスタート地点にいた。
「じょ、条件はまだまだ引き上げられますよ!」
「篠原!」
悟は佳奈美を怒鳴りつけた。
佳奈美もはっと口を押さえ、拓郎はずっとニコニコ笑っている。
やられた。
悟は歯を食いしばる。
今の佳奈美の発言でこちらは下手に付いたも同然だった。
拓郎は悟が考えているよりもずっと策士だったのだ。時間をかけてこちらを翻弄して、ぼろを出させる。
悟は歯を食いしばりながら、拓郎の次の言葉を待った。
そして、拓郎がまた口を開く。
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