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「この文には・・」
『文』って言うな!『書類』だ、『書類』!
「私が推察するこの土地の価値よりも少し高い値やこの神社の移転先の案、それにここに工場が建った時のこの町の経済発展など、素敵な提示ばかりが並び、佳奈美ちゃんのこの土地がほしいという熱い想いがバシバシと私の胸に届いた」
「なら・・」
「しかし!私は佳奈美ちゃんの気持ちには応えられない!」
拓郎の語りは熱を帯び、座っていられずに立ち上がる。
悟は冷ややかかつ侮蔑と怒りの目で、佳奈美は嫌悪と軽蔑の目で、拓郎を見つめている。
だが、拓郎はそんなことお構いなしで、
「できる事なら佳奈美ちゃんの気持ちに応えたい。この土地は無理でも私を捧げたい!」
「いえ、いらないです」
「私は佳奈美ちゃんがいつでも万全な状態で働けるように尽くしたい」
佳奈美の言葉を無視して拓郎が語り続けていると、仕切られた襖の向こう、廊下の方からバタバタとこちらに誰かが走ってくる音が聞こえる。
「でも、仕方がないんだ・・。なぜなら・・」
すさまじい勢いで襖は開けられ、ただでさえ涼しいこの部屋にさらなる冷気が吹き荒ぶ。
悟と佳奈美は寒さに一瞬体を震わせ、拓郎は少し寂しげな雰囲気の含まれた、あのニコニコ笑顔になって、身だしなみを整えて座りなおしている。
そして開かれた襖の向こう側には一人の男が立っていた。
光に照らされると紺色だとわかる濃紺のさっぱりとした短髪に、右耳にだけイヤリングのように鈴を提げている、悟と同じくらいか少し若い男である。
その手には彼が耳から提げている鈴と同じ鈴がくくりつけられた扇子を持っていて、その扇子の色は彼の髪の色と同じだった。
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