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「遅かったか・・」
凄惨な光景を目の前に、彼女は思わずつぶやいた。
土壁と藁葺き屋根が点々と建ち並ぶ小さな村。
その村のそこかしこに、鍬や鋤など武器になりそうな物をつかんだまま、血塗れで横たわる村人たちがいる。
大人も子どもも、男も女も関係なく、皆一様に武器を片手に亡骸をさらす。
盗賊に襲われた。
それが事実なら、いくらか心が救われただろう。
しかし、真実はもっと残酷。
「まだ、いると思う?」
彼女は鈴のついた紐で巻き付けられた扇子を手でいじりながら、後ろにいる男に話しかけた。
しかし、扇子同様に鈴が幾つも付いた紐で自由を奪われている男は何の反応も示さない。
彼女は舌打ちすると、その村の中へと足を踏み入れた。
チリン、チリンとかわいらしい鈴の音が響く。
首筋が見えるほど短い黒髪に、煌びやかでもみすぼらしくもない、清潔感漂う装いの彼女も、手首や足首、服の端などにいくつも鈴を提げている。
彼らが動けば鈴が鳴り、その鈴の音は村を包む重く沈んだ空気を軽いものへと変えていく。
「よかった。まだ、いた」
村の中、村人たちの亡骸に囲まれたところで、地べたに座り込む女がいた。
側に転がる黒い竹箒と、乱れ広がる長い黒髪が禍々しい空気を醸し出す。
「・・あつい・・・・あつい・・・」
女はまるで毒を吐くように言葉を吐き出す。
女の言葉に、彼女は後ろの男をちらりと見て、いたずら気な笑みを広げた。
「ねぇ、蝙蝠扇。目の前に熱がる女がいるの。冷やしてあげなさいよ」
彼女は紐を解いた扇子を女の方へ放る。それと同時に、男を縛っていた紐も解けて、男も女の方に転がり出る。
男は虚ろな瞳を彼女に向けた。
「・・何で、俺が・・・」
「何でって、だって、それが貴方の使い道じゃない」
彼女は笑みを深めた。
男は目を見開き、彼女から女へと視線を変える。
虚ろだった瞳に光が差して、男は扇子を振り上げた。
それは、千年以上も昔の出来事。
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