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数日後、透がいつものように町で時間をつぶしてから家に帰ると、珍しく兄が既に家にいて、カレーの香りが透の鼻をくすぐった。
いつもの買ってきた惣菜を並べるだけの夕食ではなく、今日の夕食は兄のお手製カレーのようだ。
透が家に入ってすぐ、兄に顔も見せずに部屋にこもろうとすると、ダイニングから兄の声だけが聞こえてきた。
「おかえり。今日は何か面白いことあったか?」
「・・・別に」
「そうか」
社交辞令のようなやりとり。
別に兄は透の事など興味がないだろうに、家族の形を取りつくろうように毎日同じ言葉をかけてくる。
短い会話が終わって、透がそのままいつものように夕食まで部屋にこもろうとして、
「うわ~、それが兄弟の会話かよ。寂しいなぁ。僕もその程度しか話せなかったらどうしよぉ」
口調は何だか違うが聞き覚えのある声がした。
透ははじかれたように、兄のいるダイニングに向かい、
「アフグ?」
「やぁ」
思い浮かべた人物の名を呼びながら戸を開ける。
アフグの声と顔をした、しかしそれ以外は全く異なる男が透に手を振った。
そんな彼の前にあるテーブルにはガラスケースに丁寧に入れられ輝いている扇子が置かれている。
開いた状態でケースの中に飾られている扇子は金の下地に四種類の花が見事に描かれ、両端からは貝のように結び重ねられた六本六色の糸が垂れ下がっている。
そこには厳かかつ上品な美しさがあった。
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