もう一組の兄弟

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      ◆  悟は喫茶店で拓郎を待っていた。  鈴森神社やその近くの商店街からは少し離れた駅近くの喫茶店で、とても静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。  悟は正直、もう拓郎とは関わりたくなかった。  先日の話し合いでは、きちんとスーツを着込んで髪も整えて臨戦態勢できたかと思えば、佳奈美がいないと知った瞬間、臨戦体制は一気に崩れた。  そして話し合いもこちらの言葉を軽く聞き流した後、 『とりあえず、うちの鈴を一週間持ってみなよ』 とかなんとか言いながら、鈴森神社のお守りを売りつけてさっさと帰ってしまった。  ここまで身勝手でわがままだと思っていなかった。  いつもニコニコして無害そうに見えるが、とんでもない有害人間だ。  その上、話し合いがあった日の晩に、名刺に書いてあった携帯の番号に連絡してきて、 『悟君、明日二人だけで会える?』  嫌です。 と、言葉にしなかった自分を褒め称えたい。  しかも話し合いの時までは、間違えられても『さん』付けで呼ばれていたはずなのに、いつの間にか『悟君』になっている。  拓郎と話す用件など、鈴森の地の売買以外にないため嫌とは言えず、とりあえずいろいろな、主に心だが、準備をするために会う日にちを先延ばしした。  そして、今に至るわけだが、 「いらっしゃいませ」  喫茶店の扉が開き、拓郎が入ってきた。  その格好は半そで短パン。  子どもの付き添いでプールに付き合わされた親父のような格好。  こちらだと合図をしたくない気持ちをこらえて、悟は拓郎を手招きした。 「鈴森神社を売るけっ・・・」 「今日は透君の話をしにきたんだ」
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