理不尽な姉

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 ベッドから出た頃には、時計の短針はとうに十二時を越していた。  体がだるい。  起きてみたはいいものの、なんにもヤル気が起きない。  慎重に当て嵌めてきたはずのパズルのピースが、特に大部分を占める繊細で暖かな柄の部分が、ぐちゃぐちゃになった挙句ボロボロになってしまったようなーー言葉にならない行き詰まった感覚が、体にまとわり付いてくる。  このままじゃ腐る一方だ……。  気分を変えよう。  外へ出よう。  どこか落ち着ける場所、静かで安らげる場所、一人っきりにならなくて……、折角なら勉強が出来る空間のある所がいい。  この条件で真っ先に思い浮かんだのが、週に何度か教材でお世話になっている市民図書館だった。  外に出てお天道様の光を浴びるだけで、気分が回復してくる。  自転車を漕ぐこと約七分。  俺は図書館に入り、自称“指定席”の奥の角ばった所にある机に陣取って、勉強道具の詰まったバッグから使うであろうモノを広げていく。  珍しく隣に人が居たけど、本を読んでいるだけのようなので、気にせずスペースを広げていく。 「奇遇だねー」  はえ? はっきりと聞き取れる言葉で“奇遇だねー”と聞こえた。それもかなり近い距離から。  周りには隣に座ってる女性しか居ないし、その女性はゆったりとした感じで本を読んでいる――今まさにページを捲ったようだが、相変わらず本に目を走らせている。  えっ……え? 良く分らない現象が起きたまま時間だけが流れていった。  ――幻聴、だったのだろうか。 「私に気付かないとは……ふっふっふ!」  さっきは突然だったから混乱したけど、今ので声の犯人が隣の女性だとはっきりと分った。 「……すみません、どちら様ですか?」  恐る恐るした俺の質問をーーまるでそよ風が通り抜けて行ったがごとく意にも介さない女性の横顔は、今だに手にした本へと向けられている。  うなじのラインを綺麗に露出させた夏らしい爽やかなポニーテールに、見覚えは全く無い。  ただほんの少しだけ、青のノースリーブから伝わってくる清純さと悪戯っぽい口調には、心当たりがあった。
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