理不尽な姉

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 それから三十分ほど他愛のない会話を弾ませて、片桐先輩はバイトのため席を外した。  勉強以外にやる事が本当になくなったので、目の前の教材に意識を集中する。   頭がスッキリしたせいか、現代国語の問題がすらすら解けていく。 「夏目漱石の『こころ』にある『~のない奴は馬鹿だ』とは、なにのない人か答えなさい。答えは……精神的に向上心のない奴、だ」  こんなことよく覚えていたな、と思う。  帰宅して姉を待つこと数時間、朝早くから出掛けた姉は深夜に近い時間に帰ってきた。  酒とそのツマミを持って居間に向かう姉に、俺は真っ向から対峙した。 「おかえり、姉貴」 「た、ただいま……」  気不味い雰囲気が予定調和的にやってくる。  だけどーーだからこそ、臆することは出来ない! 「昨日は俺が悪かった。……すまん!」  俺はこれでもかと頭を下げた。が、姉からの返答はない。 「マジで悪かった! 俺の顔を殴りたかったら殴ってくれてもいいぞ?」  顔を上げて頬を差し出す俺に、「なんであんたが謝るの?」と面食らった顔をした姉が不思議そうに言う。  殴った直後より痛々しくなっている姉の顔を見せられながら、なんで? と聞かれても……。  それともこれは、「謝っても許す気ないから、あんたが謝る必要はないよ?」という意味なのだろうか。  それだと困る。  昨晩の過ちを形式的にでも許して貰えないと、その先の俺の将来についての話ができない。しちゃ、いけない気がする。  ーーと、気が付けば俺は自分のことばっかりだな。こんなんだから姉貴に「青臭いガキ」呼ばわりされるんだ。 「顔、まだやっぱ痛むか? 痛むよな……」  姉の腫れていない側の顔を手で触ったら、「ひぃ!?」と変な声を出されてしまった。  もしかして昨晩のことは、姉貴にとってトラウマになってしまったのではないか?  慌てて手を引っ込めた俺に、何度も何度も味わったはずの罪悪感が再臨した。  ……ダメだ、ここで逃げたら仲立ちしてくれた片桐先輩に申し訳がない!
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