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そのまま勢いが衰える事なく、自慢の爪は男の体を傷付ける事なく通過する。
男の姿が、消えた。少なくともティアの目にはそう映った。
が、猿妖魔には見えていた。男の行く先が。後方18m。一瞬でそこまで移動する動きははっきり言って脅威だがーーー捉えきれない速度ではない!
「遅いぞ!」
先程よりも速く、より鋭く踏み込む。奴の最高速度は把握した。後はそれを弁えた上で、フェイントを見極めつつ追い詰めるだけ。
妖魔は男との彼我の差を瞬く間に潰し、砂塵を巻き上げて眼前まで迫る。
爪の先端が首に届く。
あと数センチ。今から逃げ切れるわけが無い。
勝った。
そう確信した瞬間、面の中の顔が笑った気がした。
「ーーーーーな」
直後、何故か猿妖魔は唐突に浮遊間に襲われた。一瞬上空に弾かれたと思ったが、目線は少しも変わっていない。
ただ、自分の手足が消し飛んでいたのだ。
「なん…ッ!!」
ドスン、とダルマの様になった体が地面に転がる。
面の男はすかさず妖魔の鳩尾を踏み付けて地面に固定する。尤も、もう動く事など出来いのは誰が見ても明らかだった。
「宇藤美月と高槻浩司はどこだ?答えろ」
有無を言わさない、冷徹な視線だった。猿妖魔は自分がおかれている状況を疑う。
こんな、こんな事があり得るのか。殆ど何もしていない。何も出来なかった。 何も見えなかった。
手刀で切り裂かれたのか、剛力で引きちぎられたのか、拳撃で爆散されたのか、男の一挙一動が少しも見えなかったのである。
ほんの一瞬の攻防で、妖魔はささやかな自尊心以外の全てを奪われたのだ。
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