一級を目指して

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「で、でも…」 状況が受け止めきれずに、こづみが慌てふためく。それと対象的に、ナインはより一層笑みを深めた。 こづみがチラチラとこっちを助けを求めるように見ているが、はっきり言って専門外なので口出しが出来ない。すまんな。 「お互いに美味しい話だと思うんだけど、どうする?」 そう言って、ナインは薄く笑った。外見にしては艶やかな笑みに気圧されて、こづみが堪らず身体を後ろに逸らす。 どうでもいいけど、お前らさっきから近いな。 「でも…それでも…お爺様が許してくれるかどうか…」 親への相談無しで大事な話が進んでいる事が不安なのか、こづみはそれでも渋みがかかった反応をみせた。 その一方で、俺が百合っぽい想像していたそんな時。 唐突に、刃物のような鋭い声が部屋に木霊した。 「なぁオイ…」 一瞬、誰が喋ったのか本気で分からなかった。それがナインだと気づくまで、少しばかり反応が遅れた。 少し優柔不断なこづみに苛立ちを覚えたのか、俺には分からない。 そしてこづみに密着していたので表情も見えない。声だけだ。 一つだけ分かる事は、この時のナインは完全に素面だった。 それだけは断言出来る。 ナインが発した言葉は恐ろしく重く、今までの猫なで声とは明らかに違う、芯の入った声色だ。 だが、不自然ではなかった。 むしろこれが自然体のような、とてもしっくり来る語調だったのだ。 「流れに逆らうんだったら、 最後まで足掻いてみろよ」 部屋の空気がピンと張り詰める。 ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた。 この感じは。 どっかで聞いた口調だ。 この見透かしたような、それでいて強引に言い伏せるような。 確か笹峰さんの携帯からかけて来た奴が、こういう口調だった気がする。 いや、でも…俺が聞いた声はこれじゃなかったような。 寝起きだったので記憶がどうも曖昧だ。そう言えば、あいつは結局何だったのだろう。 「で、どーするの?」 気が付けば、ナインは元の声に戻っていた。ついさっきまでのアレが勘違いだったかのように、毒気の抜かれた柔和な笑みを浮かべている。 こづみは考えるような仕草で10秒ほど沈黙し、やがてゆっくりとその顔をあげた。 「…分かりました。ナインさんのお言葉に甘える方向で、帰って父に相談してみます」
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