崖の上の草介

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その返しに吾妻はある疑問を抱いていたものの、それ以上の説明を求める気にはならなかった。 実のところ吾妻京子は、なぜ彼女が彼に妙な執着を見せているのか、その真意が理解できていない。 善行だと言い切ればそれで終わりだが、それ以上の何かがある気がしてならない。 一体彼女が何を考えているのか。 それは、自分が推し量るだけ無駄な事なのだろう。 そう得心した吾妻は、本題へと話を切り替えた。 「…先日からの調査ですが、先生の捜索は今のところ進捗はありません」 「…まあ、あの人はそう簡単に見つかるもんじゃないでしょ。極東支部のお陰で滞在はいくらでも出来るから、気長にやろうよ」 依然としてナインは書類から目を離そうとしない。 少し珍しい光景だった。 デスクワークがとことん苦手な彼女は、基本的にその手の仕事を自分やヴィクトールに任せるきらいがある。 そんな彼女が率先して書類なんてものを確認しているのだ。 彼女と旧知の仲なら、どうしても勘繰ってしまう出来事だった。 「…あの、ナイン?先ほどから何を読んでいるのですか?」 「協会からの任務」 「猫組にですか?」 「いや、あたしに直接」 予想外の事実に、吾妻京子は怪訝そうに眉をひそめた。 それはつまり、天位魔術師が動くほどの大事ということだからだ。 「今貴女は佐藤君の監視中でしょう?当分ナインが動くほどの仕事は来ないはずです。 一体どこの支部から来たのですか?」 「元老院から」 「は…?」 たまらず言葉を詰まらせる。 元老院。 魔法協会における最高機関。 十余名で構成されるその団体は、協会のあらゆる決定権を握っている。彼女を六門へと正式に名を連ねさせたのも、何を隠そう元老院の老獪共であった。 その彼等から直々に辞令が降りた。協会の受付から来る通常の任務とは訳が違うのは明白だった。 「内容は…?」 「うん、なんかさ」 ナインはごくごく平坦な口調で答えた。 「鬼が出たっぽい」
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