鬼を討つ~神尽き編~

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「おォオォッ!!!」 その身を人型の疾風と化して、一桃斎が少年の元へと疾駆する。 少年との彼我差は50歩程度か。 その距離を、一桃斎は僅か二歩で秒を跨がずに間合いを詰める。 眼にも写らぬ高速の突進は大気の壁を突き破り、衝撃波が周囲の煤を木の葉のように散らせた。 少年は動かない。 深紅の瞳で、ただつまらなさそうに一桃斎を見つめている。 迎撃を放棄したのか。 それとも余裕のつもりか。 どちらにせよ、彼奴に手心を加える理由にはならなかった。 ばん、と破裂する大気の咆哮。 太刀が振り抜かれてから一拍子置いて、少年の左腕が根元からずるりと落ちた。 「はァっ!!」 続け様に二条の剣閃。 更に重ねるように、五陣の烈風。 一旦間合いを取るついでに、駄目押しの引き胴。 その全てが少年の急所を射抜いた。 豪快に肉が開き、凄惨に骨が裂ける。まだ少年に抗う素振りはない。かと言って悲鳴もあげない。ならば、このまま容赦無く絶命へと導くのみ。 一桃斎は刀の柄により一層握力を込め、更なる速度で太刀を振るった。 鳴った風切りの音は僅か一度。 その一度の間に、一桃斎は10ばかりの斬撃を放った。 少年の身体に刻まれた欠損は最早看過出来るようなものでは到底なく、このまま放っておいても自壊するのは明白だ。 だがーーー。 一桃斎は静かに、そして淡々と狙いを少年の首筋へと定める。 瞬間、今までで最も大きな破裂音が響いた。抜き放たれた刀身は、既に音を置き去りにしている。 地震のような踏み込みから、全身全霊の膂力を鋒へと収斂。 このタイミングでは最早回避は不可能。 確実に殺った。 一桃斎が必中を確信し、最後の一刀を繰り出そうした、その時。 「落ち着け、人間」 少年の右手がゆらりと揺れ、白刃の腹へとそっと触れる。 瞬間、斬撃の軌道が急激に逸れた。まるで変化球のように。 目標を失った刀身は最寄りの大地を豪快に切り裂き、長い長い線を刻む。 音が止む。 それまで誰よりも機敏に動いていた一桃斎の全身が、一時停止のようにピタリと止まったからだ。 技後硬直。 激しい攻めのツケ。 如何なる武練を以ってしても、こればかりはどうしようもない。 「成る程、桃の子の末裔だったか」 一桃斎が完全に無防備になったところで、少年は彼の胸を指先で軽く押した。 トン、と。子供でも小突くように。 たったそれだけで、彼の巨躯がふわりと浮き上がった。
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