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準備が完了した、と伝えられて高槻達が部屋を後にしたのは五分ほど前の話だった。
案内された魔導式の昇降機には、現在高槻、麻鈴、宍戸、シスター・マリンの四人が乗り込んでいる。
エレベーターが上昇を始めて既に二十分弱。
未だに目的地に到着する気配はない。
そもそも、高槻達が先程まで居た部屋は最上階だった。
上昇に伴う重力の圧こそ殆ど感じないが、このエレベーターも決して遅くはない筈。あれだけ轟いていた戦闘音も聞こえなくなっている。とにかく、既に協会が公式で公開している位置より遥かに高い場所にいることは間違いない。
未だに麻鈴が高槻をどう利用するつもりなのかは分からない。分からないが、大星郡がロクでもないことを企んでいるのは確実だ。本来なら己の身も省みずに隙を見て大暴れしているところだが、実行に移さないのは理由がある。
(一体、いつの間に……)
心の中でごちながら、高槻は手首に浮かんでいる手錠模様の術式を見つめた。
どのタイミングで施されたのか、部屋を出る瞬間に浮かび上がったこの術式は、現在高槻の魔力、筋力、一部神経すら封殺し、多くの行動を制限している。これでは時間稼ぎすら出来ない。
ダズモンドが居なくなったからと言って、麻鈴が隙を見せる様子もない。側には宍戸も控えている。加えて今の高槻の戦闘力は一般人よりもなお劣る。最早力技でどうにかなる状況ではないということを否が応でも思い知らされる。
何か手立てはないのか。
答えが出るよりも先に、昇降機の両引き戸がなめらかに開く。一歩出ると異様なほど広い大広間だった。天井から床に至る全ての面が黒色なため大きさが掴みにくいが、野球やサッカーが出来る程度には広大だ。
天井、床、壁面と至る所に青いラインが走っており、その全てが部屋の中央に収束している。それは淡く光りながら脈動し、どこか血管に似た生物的な挙動を繰り返していた。
部屋の中央には長い箱のようなものが置かれており、それを囲むように十余人の黒服の老人達が立っていた。一気に高槻達へ視線が集まったのは、遠目からでもはっきりと分かった。
「…何処だ……ここは」
今まで案内された部屋とは明らかに異質な雰囲気に、高槻が重い口調で麻鈴に問う。
「見聞の塔の最上階。ここより上は屋外になるね。高さは確か400kmくらい。重さとかは術式で調整してるから、感覚は地上と変わらないだろうけど」
淡々と答える麻鈴だったが、高槻は予想を大幅に越える高度に内心驚愕していた。言っていることが事実ならもはや逃げ場はないも同然だ。
なんとか切り抜ける方法はないものか。
高槻が答えの無い問題に頭を悩ませながら歩を進めると、やがて中央にある箱の全容が見えて来る。
黒い棺だ。それが台座のようなものに嵌め込まれている。
何故か、棺を視界に収めるだけで妙に気分が落ち着かない。
そんな奇妙な感覚に困惑していると、ふと老人達の中の一人がどこか渋い顔で口を開いた。
「遅かったな、劉麻鈴」
「はいはい、待たせてすいませんね」
麻鈴は悪びれる様子もなく、老人達の正面へと歩み寄る。
よくよく意識を向けてみれば見たことのある顔が並んでいる。魔法協会の最高意思決定機関、元老院の重鎮達が顔を揃えていた。
「ヴァニキス会長と連絡が取れん。彼は今何をしている?」
議官の一人ーーー深く皺の刻まれた老骨に対して、麻鈴はごくごく端的に答えた。
「あの人は星になったよ」
「分かりやすく言え」
「ほぼ死んだ」
相対していた一同が騒めく。
その報告は敵対する高槻も同様の衝撃だった。
魔法協会のトップであるヴァニキスが死したとなれば、現代の魔術師からすれば驚くなという方が無理な話だった。
尤も、死亡した訳ではないが、二度と会えないという意味では間違いはない。
「馬鹿な、どういうことだ!?」
「いや、シャリア嬢と戦ったんだからそりゃ死ぬでしょ。むしろなんでタイマンでやったかなぁ…。いくら竜頭で援護してるからって。そんなに宗家が憎かったのかな」
「他の者達は何をしていたんだ!?会長を守るのがお前らの勤めだろうが!!」
「いやいや知らん知らん」
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