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とにかく凄まじい圧だ。
まずいな。これ以上強くなられたら流石に追い縋るだけで精一杯になる。
掌握に歪曲、震動。
攻防の全てに空間干渉が含まれている。
加えて神業みたいな体術に化物みたいな身体能力。
魔障によるブーストは今日クロームさんとロギンスに使ったので正直使用は控えたい。
だがリスク覚悟でフィジカルだけでもフルパワーでやらないとうっかり俺が殺されてしまう可能性がある。
やるしかない。
今になって鍛錬不足が悔やまれる。
もう少し力のコントロールを練習しておくべきだった。
アーフィアか大森さんの補助無しでは俺の力は好き勝手に使えない。この状況下で全力で戦えるほどの技術が、今の俺にはない。
ここまで切迫した戦いは幻斎以来だ。
上位天位魔術師は伊達ではないということか。
だが楽しんでなどいられない。
ロギンスを倒した後、真っ先にここへ向かって良かった。
こいつを好き勝手に暴れさせれば大勢の死者が出る。
この男をここから逃す訳にはいかない。
尤も、本人は逃げる気など微塵もないだろうが。
◇
鼓膜にへばりつくような奇妙な音に、ヴィヴィアンは堪らず耳を塞いだ。
「痛っっったァ〜………」
除夜の鐘によく似たそれは、耳どころか骨の芯まで響く。この音に晒されるだけで骨身が軋むような気分だった。
「もうちょっと離れましょう…。このままじゃ耳がおかしくなるわ」
「…う、うん」
草介と五十嵐の戦闘が始まって約三十分。
戦いの余波で緑豊かだった森林は徐々に荒野と化し、今では見える景色の大半が火口のように溶岩が流動している。まだ一時間と経っていないにも関わらず、既に地獄のような光景と化していた。
草介から相当離れたが、これだけの戦闘規模だとまだ心許ない。果たして彼は無事なのだろうかーーー嫌な予感がヴィヴィアンの胸中から離れない。
と、その時。
「二人とも!」
後ろから響いた高い声に、ヴィヴィアンとティアが同時に振り向く。視線の先には長い茶髪をツインテールにまとめた少女が手を振っていた。
「あれは……」
傍のティアの表情が安堵に包まれる頃には、ヴィヴィアンにも少女の正体にあたりは付いていた。もとより数日追っ手から逃れた仲、見間違うはずなどない。
彼女はまさしくーーー。
「ミッキィ!無事だったのね!」
「ええ、二人も無事みたいね」
宇藤美月は衣服こそボロボロだったが、顔色や外見を見る限りどうやら軽傷で済んでいるらしい。
あの時ーーー何者かの力によって見聞の塔に強制的に集められた時以来、ティアははぐれた美月のことをずっと案じていたのだ。
「良かった…。ずっと姿が見えなかったから、心配で」
ティアがほっと胸を撫で下ろす。
その動きがどこかもぎこちないことに、ヴィヴィアンは妙な違和感を覚えた。
美月を前にして、一体何を警戒しているーーーそんな疑問が頭の中でぐるぐると回る。
何かがおかしい。
ヴィヴィアンはこれまでの経緯を一旦整理し、ティアから送られてくる僅かなアイコンタクトを頼りに、一つの答えに至った。
「あ、なるほど」
抜刀。
即座に刀身を返し、峰の部分で美月の腹を狙う。
ほぼ自然体から繰り出された無音の居合に、あろうことか美月は手刀で応じた。
夜桜と風の刃が衝突し、周辺に爆風を撒き散らす。
シィン、と。
空間が軋んだ音がした。
美月は夜桜の刀身を横目で一瞥して、ゆっくりとヴィヴィアンに視点を合わせた。
「いきなり何を?」
「ミッキィはね、ミッキィって呼ばれるのは嫌がるのよ」
「そうか」
美月の口調が変わったと同時に、その顔付きも無機質なものへと変容していく。元々血の気が多い性格だったが、差し向けて来る殺気は尋常ではない。身に纏う魔力は強壮そのもので、彼女が美月ではない"何か"なのは一目瞭然としていた。
「下がるわ」
ヴィヴィアンがティアの細身を片手で抱き抱え、後ろに跳躍する。そんな二人を澄ました顔で見つめながら、美月は小さくため息を漏らした。
「構わない。こちらとしても少女を演じるのは気が引ける」
「あなた、誰?」
淡々と問い掛けるティアだったが、心中には焦燥がくすぶり始めていた。
彼女は宇藤美月ではない。
それは近くで見てすぐに分かった。
港町で八岐大蛇と双子が奇襲を仕掛けて来た話は聞いている。姿形を真似る技を使うということは、ティアとヴィヴィアンも予め頭に入れておいた情報だ。
だが、偽物だとバレた以上変身は解いても構わないはず。何故宇藤美月の姿のままでいるのか分からない。双子が扱う言霊は一度に一つしか使えないはず。今になって変身に魔力のリソースを割く理由は一体何なのか。
そもそも、"あれ"は本当に双子が化けているのか。
ティアは感覚神経を尖らせ、離れた位置から美月の肉体をスキャンする。
答えはすぐに見つかった。
「…違う。あの娘達じゃない」
「え?何?あれ双子じゃないの?」
「多分、なんらかの憑依方法で美月の身体を乗っ取ってる」
流動する異質な魔力が何よりの証左。
双子と違って魔力の偽装も行なっていないあたり、変装目的なのかすら怪しい。
なんにせよ許せる話ではない。
問題は、あれはまさしく宇藤美月本人の肉体だということだ。どこの誰かは知らないが、すぐにでも引きずり出す必要がある。
「腱だけ斬るわ。治癒はティアに任せるわよ」
ティアが無言で頷くのを確認して、ヴィヴィアンは夜桜を静かに震わせた。
キィーン、と。
金属が擦れるような音が辺りに響く。
極小の超振動を繰り返すヴィヴィアンの黒刀を目の当たりにして、宇藤美月の顔をした何某は、感心したように口を開いた。
「…驚いたな。それは斬震かい?」
「………ざん……?」
聞きなれない単語にヴィヴィアンが眉をひそめる。
恐らく残心のことではない。
「何故魔術師になって二年そこらの貴女がその剣技を?それもフレデリカ・シェスタのような紛い物ではない」
「何言ってんのあんた」
「まさか自力でその域に辿り着いたのか?だとしたら素晴しい。今になって彼の剣を目の当たりに出来るなんてーーー」
直後、瞬きの間に間合いを詰めたヴィヴィアンが、美月の細い足の表層を切り裂いた。
「その顔で、べらべら喋るな」
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