桜の唄は彼方へと

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夏休みを前日に控えた朝のこと。僕はいつもの日課でポストをのぞき込んだ。 「……あ」 僕宛の手紙が入っていた。懐かしい文字を見れば、差出人を見るまでもなく誰だか分かる。 僕の幼馴染みの一人、小林 麻奈(こばやし まな)からだった。彼女は小学校時代の同級生でもある。 地元の中学校ではなく私立の中高一貫を受験した麻奈とは、全然会えなくなってしまい、そのまま高校生になってしまった。けれど中学からこうして文通をしている。 とはいえ、高校に入ってからはお互い忙しくて、久しぶりの手紙だったのだけれど。 「哉汰ー?新聞取ってくれたぁ?」 「あっ、今行くー」 母親の声にあわてて返事をして、僕は制服のポケットに手紙を押し込んだ。 ──拝啓 カナタくんへ  元気ですか?あたしは相変わらず元気です♪  高校初の夏休みが始まるね。勉強から解放されて、あたしはやっとのんびり出来そうだよ。  夏休みが始まったら遊びに行くね。海とか行こうよ!  そうだ。思い出した。今なんで手紙を書いてるのかっていうと……── 「葉波?大丈夫か?」 「わっ、すいません先輩」 「ぼけーっとしてるぞ、しんどかったらちゃんと休めよ。熱中症になったら困るからな」 部活中に麻奈からの手紙を思い返していて、先輩に注意されてしまった。 僕は汗を拭い、空を仰いでつぶやいた。 「桜音……」 ──この前、ナツおばさんが急に訊ねてきて、あたしに頭下げて言ったの。 『哉汰くん、お願いがあるの』 ナツおばさんの真剣な表情。 『夏休みに入ったら、時間があるときでかまわない。だから……』 僕は何も言えなかった。 計り知れないナツおばさんの想いが込められている気がして、言葉を発することも憚られた。 そしておばさんは──麻奈にも言ったであろう言葉を、僕に言った。 『桜音に、会ってやってちょうだい』
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