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「ねえ、今、百円拾ったでしょ。それ、ぼくのなんだ」
とだけ言った。あまり強く言うのもかわいそうだと思った。
女の子のお母さんはレジで注文のやり取りをしていて、女の子と啓太のことに気づいていないようだ。
返してくれ、そんなふうに言うのも、なんだかかわいそうだった。女の子は、依然として立ちすくむように、啓太の顔に目を向けている。黒目がちの大きな瞳だ。
「チエちゃん、いくよ」
注文を終えた母親が女の子にそう声をかけ、受取カウンターへと歩いていく。
啓太はどうしようか戸惑った。お母さんに言うしかないと考えた。気が進まないが、仕方がない。
「はい」
突然、目の前の、チエちゃんと呼ばれた女の子が声をだした。
グーに握った小さな手を、啓太に向かって差しだした。百円玉を返してくれるようだ。
「あ、ありがとう」
急な心変わりにたじろぎつつも、啓太は手を開いて受け取ろうとした。
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