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<Ⅰ>
そこは鎮守の森。
世界有数の原生林であり、特A級の危険地帯。
広く、深い木々の織り成す一つの異界。
森とはそもそも人間ごときの住める領域では無く、周囲には危険が無数と散りばめられている。
木肌は若木のように瑞々しく、頭上を雲のように覆う葉は、鮮やかな緑色。
天高く聳(そび)える木の威容と相まってか、森に飲み込まれてしまったかのような頼りなさがある。
そんな森の中を一人歩く男が居た。
年の頃は十代後半。
その中肉中背の外見に関しては、特筆してあげる箇所が見当たらない。
あえて挙げるとすれば瞼が垂れ下がった、濃紺の瞳を半分ほど覆い隠す、やや眠たげな眼が特徴と言えば特徴か。
服装はややくたびれた旅装束。
若草色の外套を羽織り、根っ子や下生えが生え出た地面を苦もなく進む様子は明らかに旅慣れしたものと見受けられた。
そしてその進行速度は、青年の年齢を省みれば驚嘆に値するものである。
更には周囲の警戒を怠らぬその熟練度もまた、一流の冒険者と見紛う程であった。
青年は微かに木々の開けた空間へと出ると、二度三度と周囲を見回す。
常ながら瞳は眠たげな、そして気怠げなままではあったが。
そして安全であることを確認し終えた青年は、額に浮かぶ汗を服の袖で乱暴に拭うと天を仰ぐ。
木々の切れ間から覗く太陽は、中天をいくばか過ぎた頃だ。
背負っていた皮製の背嚢(はいのう)を地面へ下ろし、干し肉や携帯食料、動物の内臓を加工した水袋を取り出すとその場に腰を降ろした。
そして味気なさそうな昼食を、心持ち嫌そうに眺めること数秒。
「はぁぁー…………旨そうな飯だわ、ホント……」
発せられた言葉は、明らかに表情と口調が噛み合っていない。
そしてノロノロ、モソモソと、やや遅めの昼食を摂り始めた。
勿論、かなり嫌そうに。
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