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「勘弁してよ宇佐美ちゃん。確かに佑哉が心配でちょっと見に来たんだけど、そんなんじゃないよ」
さつきのため息交じりの言葉に、宇佐美ちゃんは目を丸くした。
「あいつ、最近元気ないからさ……大抵のことには動じないくせに、一度何かに引っかかると根が深いんだ。しかもそれがプレーに出ちゃうんだよね昔から。大事な予選の最中なのに」
「よ、よく知ってるのね、佑哉君のこと。それに私の名前も……。同じクラスになったことないよね?」
「ん? ないけど、マネージャーさんの事くらい知ってるよ。受験勉強もそっちのけで、引退もせずに協力してくれるいい子だってみんな言ってる」
さつきがそう言って笑うと、宇佐美ちゃんも嬉しそうに顔をほころばせた。
「えー? そんな風に言われてるの……なんか嬉しい。でもそれじゃあ、このボール磨きも適当に済ませちゃダメよね」
彼女は近くのベンチに腰掛けて、カゴの中からあまり綺麗とは言えないタオルを取り出した。
「でも知らなかったな。佑哉君にこんな可愛い幼なじみがいたなんて」
彼女はごく自然な感じでボール磨きを始めてしまった。
(え? ちょ、ここでやるの?)
こんな目の前でされたら手伝わないわけにもいかない。
さつきは小さくため息をついて宇佐美ちゃんの隣に腰掛けると、カゴの中から一つボールを取り上げた。
そして彼女の持つタオルの端っこを掴んで、自分もボールを磨き始めた。
宇佐美ちゃんが驚いたように顔を上げる。
「え、いいよ。手も制服も汚れちゃうよ! あの………ええと……」
「あたしさつき。いいじゃん、二人でやった方が早いよ。それにたまにはマネさんの大変さを身をもって体験してみようかなーと」
さつきがニッコリ笑って、慣れた手つきでボールを磨く。
「さつき……ちゃん? えと、ありがと……」
さつきの顔をまじまじと見つめて、宇佐美ちゃんは自分も作業を再開した。
しばらく二人はタオルの端と端を持ってもくもくとボール磨きを続けた。
グラウンドからは、ノックの音と部員達の掛け声が穏やかに響いている。
「あの……ね、さつきちゃん。佑哉くん、進路のことで悩んでるみたいだよ……」
宇佐美ちゃんはボールから目を離さずにそう言った。
さつきの手がピタリと止まる。
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