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「なぁによ、偉そうなこと言って。佑哉だって今日の放課後、へろへろ走ってたじゃない。暑さにやられたんじゃないのー? ちゃんと見てたんだからね」
「え……、お前、来てたのか?」
佑哉が驚いたようにさつきを見返す。
「まあねー。佑哉がサボってないか、確かめに行ったんだよー」
からかうように覗き込むと、佑哉はフイと目を逸らしたがその口元は笑っていた。
「そうか……、お前、学校来てたんだ。グラウンドに……」
佑哉が笑ってくれるのがこんなに嬉しい。
こんな風に時を過ごせば、いつか話してくれるだろうか。
誰にだって、考える時間は必要なはず。
(そうだよ……焦ることはないって昨日も思ったばかりじゃない)
「よし、キャッチボールしよう佑哉!」
さつきは勝手に佑哉のスポーツバッグを開けて、中から予備のグローブを取り出した。
「え、おい、ちょっと!」
戸惑う佑哉を無視して、いそいそとグローブをはめてグラウンドに出ると、少し距離を取って向かい合った。
数回ほど拳をグローブに叩きつけ、その感触を確かめた。
「うん。使い込まれたいいグローブ。予備とは言え、ちゃんと手入れもされてるね」
しぶしぶといった感じで自分もグローブをはめ、こちらに出てきた佑哉にさつきは軽く頭を下げた。
「お願いします」
「……しゃーっす」
条件反射のように佑哉もペコリと礼をする。
すると彼はもう二、三歩距離を縮めると、下からボールをへろっと投げた。
それは、ポテッとさつきのグローブに落ち、ボールを捕球した時の胸のすくような感覚は当然ない。
さつきはぷうっと頬を膨らませた。
「何それ! ちゃんと投げてよ。これじゃあ練習にならないじゃん」
ヒュッとさつきが返球する。
でも思ったほど飛距離がでない。
ボールはやっぱり、へろろと頼りない弧を描いて佑哉のグローブに収まった。
「……あれ?」
キャッチボールってこんなに難しいものだったっけ?
なんだかボールがやけに重い。
さつきは小首を傾げて、自分の手をまじまじと見つめた。
「女相手に本気でキャッチボールなんてできるか。硬球は石と同じだぞ。怪我でもされたら大問題だ」
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