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「──インの高め! ……アウトの中! ……アウトの低め!」
ヒュッ、ヒュッ、と指示通りの場所を的確に振る。
集中が高まってきているのが、さつきにも分かった。
「インの低め! ……ど真ん中っ!」
風を切る音と共に、キン!とボールを打つ音が聞こえたような気がした。
最後のど真ん中は、文句のない完璧なフォームだった。
「綺麗なスイング……」
思わずさつきは、そう声を洩らした。
「今の、柵越えだな」
グラウンドの向こうを遠く眺めている佑哉の背中も、満足そうに呟いた。
「うん……間違いないよ……」
さつきの同意を得て振り向いた佑哉は、子供のようにへへっと笑った。
こんな風に笑うのは久しぶりだ。
ただ野球が楽しくて白いボールを追いかけていた小学生の頃。
あの頃は、よくこんな風に笑っていた。
……ピシッ!
(あっ……!)
佑哉はベンチに掛けておいたタオルで簡単に汗を拭き、バッグからスポーツドリンクを取り出した。
「おい、これやるよ。さっき買ったばっかだからまだ冷たい……」
佑哉の手から差し出されたドリンクが、誰もいないグラウンドの空間にポツンと浮かび上がる。
「さつき……?」
二人きりだった世界に、なんの前触れもなく佑哉はひとり取り残されていた。
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