63人が本棚に入れています
本棚に追加
「しっぽ振る訳じゃないけど、東南だよ? この辺りの野球少年ならやっぱ憧れるとこじゃない。そこに推薦で入れるのに、何でそんな言い方するの」
佑哉はちょっと驚いたようにさつきを見て、ため息をついた。
「お前、どこでその話……。ホントに俺の事よく知ってるな。……それで? さつきも俺は東南に行ったほうがいいと思うわけ?」
「当たり前でしょ。あそこの野球部、実績はあるし、設備は整ってるし強いし、佑哉の実力なら絶対レギュラーにだって……」
「俺の意思は?」
「え?」
佑哉はベンチから立ち上がって、さつきを見下ろした。
「俺の意思は完全無視かよ」
「佑哉の……?」
戸惑うさつきを残し、佑哉はグラウンドに出ると軽く肩をまわした。
「……東南が嫌なわけじゃない。正直、魅力的ではある。ただ、俺にだって行きたい高校はあるんだ。それなのに、周りはみんな当たり前のように東南に行くって決め付けてる。それが気にいらねえ」
そう呟く背中は、怒っているというよりもなんだか寂しそうに見える。
「佑哉が行きたいとこって……聞いていい?」
あまり突っ込んだ聞き方はまずいかな、とは思った。
でも、普段あまり自分の事を話さない佑哉が、心を見せ始めている。
それを逃したくはなかった。
しばらく黙っていた佑哉が、夜空に答えた。
「……都立武山」
胸が、なぜかギュッと掴まれたように苦しくなった。
都立武山なんてごく普通の都立高だ。
当然、そんなに野球も強いわけじゃない。
佑哉の実力でそこじゃ、絶対もったいない。
そう思うのに、なぜかさつきの胸は熱く締め付けられる。
「……約束があるんだ」
夜空を見上げる佑哉が、なぜか小さい男の子に見えた。
ピシッ!
(また……! いや……だ。せっかく佑哉が話してくれているのに……!)
さつきを、またあの痛みが襲う。
頭が割れる。
息が詰まる。
そして、泣きたくなる。
さつきは震える手で胸元を押さえ、ベンチから立ち上がるとグラウンドを飛び出した。
「さつき? なんだよ、帰るのか? さつき!」
佑哉が呼ぶのが聞こえる。
でもダメ……! 帰らなきゃ……!
最初のコメントを投稿しよう!