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「さつきちゃん! 大変なの。佑哉君が……!」
フラッと校舎の裏から現れたさつきに、宇佐美 ちゃんは前置きもなく訴えた。
「何……? どうしたの、もう始まってるの?」
「始まってるどころじゃないよ、もう五回の表! さつきちゃん、もう来てくれないのかと思っ た……!」
キュッと腕を掴んできた彼女の手から、不安が伝 わる。
さつきはスコアボードに目をやって、息を呑ん だ。
「7対0? ちょっと……いくらなんでもこれ………!」
「佑哉くん、何かおかしいの。最近不調なのは仕 方ないけど、それにしても……。バットは全然出ない し、エラーもいっぱい……。私、なんだか見ていられ なくて」
グラウンドでは、我が校の攻撃が次々と不発に終わっていく。
佑哉に影響されてか、他のメンバーにもまるで覇気がない。
「竹本君もずっと夏風邪で休んでて、セカンドは 控えの二年生なの。ただでさえ戦力が落ちてるの に。佑哉くん……もしかして東南高校に行きたくなくてわざと……」
その言葉に全身が震えた。
佑哉は次のバッターらしく、円陣の中に控えて しゃがんでいる。
じっと前方を見てはいるが、どうやらプレーを 追っているわけじゃない。
時折湧き起こる歓声に、ハッと我に返っては悔し そうに唇を噛んでいる。
「ちがう……」
「え?」
さつきの呟きに、宇佐美ちゃんは驚いたように顔 を上げた。
「ちがうよ宇佐美ちゃん。佑哉はそんな事しな い。何があってもプレーにわざと手を抜く様な事、絶対しない!」
「さつきちゃん……」
集中が完全に切れているのが手に取るようにわか る。
あれは手を抜いているんじゃない。
自分でもどうしようもなく、何かに気持ちを持っていかれてるんだ。
(いったい何が……? 佑哉!)
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