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そして1時間後。
クルトの上手な慰め(俺にとっては攻撃とも受け止められるが)というサポートを受けて色々とやってみた『俺』は、ついに、一つの魔法を成功させた。
成功させた魔法は“アクア=ランス”という、水の槍である。その大きさはクルトのものほどではなかったが、それでも出来たことには変わりない。
遠い存在であった『世界』、そこの人間の一人として仲間入りしたという事実。その実感が俺の心を占領し、これから先の未来に対する期待感をもたらした。
漫然と日々に甘んじていた前世。今思い出せば後悔だらけだ。しかしここでなら、という淡い希望の光。
今では、魔法を成功させたことに対して、叫び声を出しつつ周囲を駆け回りながら全力で喜びを表現する、己の分身すらも輝いているように思われた。
クルトに褒めてもらうだけでは飽き足らず、近くで洗濯物を干していたネリーさんの所にまで走って行った。
そして、褒め言葉とナデナデ。そろそろ幼児の中の人は羞恥心で死にそうです。
そんな幸福に包まれた、そしてこの世界ではありふれてもいるだろう、この後景。
それは、大地を震わすような、巨大な咆哮によって一瞬にして掻き消された。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。遅れて、耳を塞いだ。
単純に耳を劈くような厖大(ぼうだい)な音が聞こえたから、という理由だけでは無かった。
恐らく、体が拒否したのだろう。
今、俺と『俺』は合一になっている気がする。この咆哮に、並々ならぬ悪意、殺意、邪気を感じた結果がこの行動である。震えが、止まらなかった。怖い、という安直な感情では決して無い。
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