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――夢。
まどろみの中で、少年が叫んでいる。
『……さんっ、……さんっ!』
崩れ落ちたものをすくいあげ、崩れ落ちたものは拾えないと知り、
――そして、慟哭。
『……さんっ! 嘘だろ、……さんっ!』
やがて、その叫びは伝染して、次々とパニックを生み出し、
『――』
少年は、聞こえるはずの無い声を聞いた――。
「……っ!」
跳ね起きた。
見慣れた天井だった。
そこは無機質なコンクリートの上でもなくて、あの時から生理的に受け付けない匂いが満ちた場所でもなくて、俺が毎日世話になっている、住み慣れたアパートの6帖1間だった。
「……また、あの夢か……」
起き上がった瞬間、全身に猛烈な汗をかいていることに気付いた。
無意識のうちに、自嘲の笑みが浮かぶ。
もやもやした気持ちを晴らすために、俺は灰色のカーテンを勢いよく開ける。
窓の外から、緩やかな朝日が降り注ぐ。
思わず手で顔を覆いながら、俺はさっと立ち上がった。今まで転がっていた布団を手早く畳み、窓を開ける。
――気付けば、猛烈な汗は、もう感じられなくなっていた。
「……情けないな、俺も」
今の心と正反対の天気を見上げ、世の中は呑気なものだ、と八つ当たり気味な事を思った。
もし手元に煙草でもあれば、1本2本吸って空を見上げるのかもしれない。
……俺は煙草を吸わないし(年齢的に吸えん)、第一そんなこと、俺には似合わないだろうが。面倒事になるのがオチだし。
「……案外馬鹿だな、俺も」
行き着く先が無意味な思考は、面倒だということに気付いて……もう1度だけため息を吐いた。
心の底から、何か嫌なものを、全て吐き出すように。
1度目を閉じ、意識を集中させる。
次に目を開けた時――俺、藤堂真一(とうどう・しんいち)の、1日が始まる。
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