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「……なぁ、明……」
「何?」
「ごめん」
「……なんで急に謝んの?」
「だって、怒ってんでしょ?」
「何を?」
「……オレが、黙って行ったから」
「何の話?」
ぐるぐるしてる。
胸の中とか頭の中とか。
どうしていいのか解らないのに、妙に冷静な自分もいる。
このまま、なにも思い出さなくていいんだ。
そう言ってる。
「……勝手に、転校したこと」
「……別にオレに断っていくコトじゃないでしょ?」
「…………明?」
「何?」
怪訝な表情。
なんで? なんでそんな顔するんだろう。
何よりも、どうして。
コイツはこんな風に、オレと話そうとしてるんだろう?
これじゃあまるで……オレ達が凄く親密な仲みたい。
「どしたの?」
藤崎の声が震えた。
「何が?」
オレの声は震えなかった。
絶対的な温度差。
感じたのはオレだけじゃないはず。
「………………ごめん」
呟いた藤崎は、それだけ言ったら、苦労して登ってきた木を、下り始めた。
「…………」
何も言えずに見送りながら、ふと。
耳の奥でメロディーが鳴り始める。
「………………ふじさき?」
「ぇ?」
下りかけの中途半端な格好で見上げてきた藤崎に、
「……オレのこと、知ってるの?」
そう聞く。
そしたら不意に、藤崎は痛そうな顔をした。
「知ってる。……いっぱい……明のことは、知ってるつもり。……色んなコト、知ってるつもり」
苦しそうな声だった。
「……じゃあ……この曲も知ってる?」
「ぇ?」
首を傾げた藤崎に、歌ってみせるのは。
山ほど見つけた、誰かと一緒に作った曲の中でも、自分が一番好きだと思った曲。
そしたら藤崎は、目を見張った後で。
泣きそうな顔しながら、ゆっくりと口を開いた。
その音と声は、いつも耳の奥で鳴っていた声で。
今度は、オレが呆然と見つめ返すことになった。
ゆっくりと、また登ってきた藤崎は。
「…………明、ひとつ、教えて?」
「うん?」
「……オレのこと、解ってるよね?」
「藤崎、でしょ?」
オレの答えに、ちょっとだけ顔を顰めてから。
ポケットをゴソゴソ探って。
「……覚えてる?」
ゆっくりと、手を広げた。
『ゆーとー!!』
『なに、どうした!?』
『あげるー』
『へ?』
『旅行に誘ってくれたお礼』
唐突に浮かんだのは、夏の風景。
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