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「……あれ? 今日は一人なん? 明くんは?」
「……おはようくらい言えば?」
「おはようさん。で、明くんは?」
「……一緒じゃない時だってあんの」
「……ふぅん……」
納得したようなしてないような顔で呟くのはクラスメートの村田で。なんとなくその目がイタズラに輝いているような気がするのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
「ケンカか?」
「……うるさいな」
「図星か」
楽しげに笑ってから、顔つきを改めて低く囁いて寄越すのは
「気ィ付けや。明くんのこと好きなんは……なんも女子だけちゃうからな」
そんな脅し文句で。
「……分かってるよ」
「……ならえぇけど」
いつもの声音に戻って笑うのに、小さく溜息を吐いた。
「…………分かってるに決まってる……」
誰よりもアイツのことが好きなのだから。
バタバタと駆け込んだ教室に、担任の姿はない。
間に合ったようだと、安堵の息を吐くのと同時にチャイムが鳴った。
「おはよぉ明くん。ギリギリやったな」
「ホントだよ。ヤバかった」
はー、と大きな溜息を吐いて、後ろの席の横谷に笑い返す。
「電車下りてからずーっと走っててさー。さすがにキツかったぁ」
「そらそうやろ。いくら駅から近い言うてもそれなりに距離はあるからな」
苦笑しながら横谷の視線の先に目をやれば、今し方走ってきたばかりの道が見える。
「……今日は藤崎と一緒ちゃうかったんやな?」
「……うん。……アイツ先行っててさ」
横谷の口から出た名前に一瞬ギクリとしながら、それでも平静を装ってそう言えば、そぉか、と納得しているようなしていないような声が返ってきて。
「……ま、結人のこと目覚まし代わりにしてるオレも悪いんだけどさ」
無理矢理取り繕った笑いを貼り付けてのそんな台詞に、苦笑する気配。
「ケンカでもしたん?」
「…………ううん」
躊躇った後に首を横に振る。
「なんやその間ぁは」
「……ケンカ、は。してない、から」
「……ほんならどないしたん?」
「……」
問われて、やはり首を横に振って
「いーんだ。……それよりさ、英語の予習やってきた?」
見透かしたような優しい苦笑は、見ないふりで、そんなどうでもいいことを口にした。
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