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「……明くん。朝からずーっと気にしとったんやけど」
「ん?」
昼になってもやって来なかったアイツに、哀しみや不安は苛立ちへと変わっていて。そんな自分に向かい合って弁当を広げた横谷が、怖ず怖ずと口を開くのに、同じく箸を持ったまま、キョトン、と首を傾げた。
「何?」
「唇」
「っぇ?」
ぴし、と指さされて、ギクリ、と一瞬思考が停止したのが分かる。
「荒れるで、そんなずっと触っとったら」
「ぁ…………っ……うん、そっか……」
無意識のうちに触れていた唇から、指を離して苦笑した。
「オレ、そんなにずっと触ってた?」
「うん。朝からずーっと」
「……そう」
俯きながら、もう一度苦笑。
だんだんと、唇が熱を帯び始める錯覚に内心舌打ちする。
何度も何度も唇に触れていたのは、そのせいだ。指が離れるたびに、熱いような焦れるような。そんな訳の分からない錯覚に陥るハメになる。
「何かあったん?」
「何が?」
ふぅっ、と小さく溜息を吐きながら返せば、少し躊躇った後で
「藤崎と」
簡潔な一言を寄越してくるのに、首を横に振る。
「もー……嘘吐くなって。モロバレやから」
ぺんぺん、と頭を軽く叩くような撫でるような手の平の向こうで、横谷が苦笑していた。
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