285人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
ゆっくりゆっくり、時間が過ぎてく。
足りないのが何か、とか。欲しいのは何か、とか。
考えてるヒマはたくさんあったけど。
敢えて考えなかったのは──。
ざわざわざわざわ。もう、うるさいったらありゃしない。
たかだかあの男が転校したってだけで、なんでこんなにも騒いでるんだよ。平和な学校だなホントに。
廊下のあちこちで、特に女子がざわめいてるのに心の中でそんなコトを呟きながら、彼の居るクラスに向かう。
自分は1組。彼は10組。端と端に別れてるのと、普段はあの男がいたせいで、ほとんど近づけなかったけど。
ホントは普通に仲も良いし、前はよく遊んでたんだ。
こんだけ騒ぎになってると、彼はきっと、女子の総口撃くらってるはず。あの男と、一番仲良かったんだし。
焦ってない、みたいな余裕の表情浮かべつつ、今にも走り出したいのを堪えて。
たんたんと歩いて10組の教室に入る。
やっぱり、色んなヤツに囲まれてる彼に
「明くん」
久しぶりに声を掛けた。
「……朔弥くんっ」
顔を上げた彼は、驚いたみたいな顔をした後で、前みたいに優しくて嬉しそうな、いっぱいの笑顔をくれる。
「久しぶり、元気だった」
イスから立ち上がってパタパタ走り寄ってくる彼に、笑みを見せつつ。取り残された連中が、つまらなそうな顔して散らばっていったのを確かめる。
「元気だよ。明くんこそ元気だった?」
「元気だよぉ」
無邪気な笑顔は、変わらないはずなのに。
どこか腑に落ちないのは、気のせい?
しばらく近くにいなかった分、君の感情の変化に疎くなったのかも知れない、なんて思いながら。
暴れる心臓を押さえつけて、冷静を装いながら
「……結人くんが、転校したんだって?」
「結人……」
ゆっくりと口を開いて紡いだ名前に。
キョトン、とした顔をした後で。
「……ぁあ、そっか! そうだそうだ」
「……明くん?」
思い出したそうだそうだ、なんて楽しそうに笑う彼を、さすがに怪訝に見つめる。
最初のコメントを投稿しよう!