act.8

3/6

285人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
「どしたの?」 「ん? ……あのさ、朝からずーっと、聞かれてたんだよ。藤崎が転校したけど本当か? って」 「……うん、それで?」  やっぱり、なんて内心舌打ちしながら先を促せば、うん、と苦笑した彼が 「藤崎って誰だっけ? とか思ってたんだけど、今思い出した。結人だよ、結人」 「…………明くん?」  それ本気で言ってるの? と聞こうとしたセリフは、彼の偽ることのない笑顔の前に、飲み込まざるを得なかった。 「思い出したって……忘れてたの?」 「うん、うっかり」 「……そりゃ明くんは忘れ物大王だけどさ……」  思わず呟けば、何それ、と怒ったように笑う彼に、ごめん、と呟く。 「でも……一番、近くにいたでしょ?」 「オレ? 藤崎の? ……うーん、そうだっけなぁ……」 「…………」  けろりと返ってきた言葉に、もう訳が分からなくなってくる。 「あれ? もしかして朔弥くんも藤崎の転校のこと、聞きに来た?」 「……いや……、うん、まぁ……そんなとこ」 「そっかぁ。でも、オレ知らないよ? 健が言うには、親の仕事の都合なんだって」  大変だよなぁ、なんて他人事のように呟くのに、そうだね、と返す。  震えそうになった声を、取り繕うのに必死で。  その時の彼が、本当は泣きそうな顔をしていたことなんて、気づけなかった。  閉じこめるんだ、胸の奥の方に。  簡単に取り出せないくらい、奥の方に。  そうやって、押し込めて押し込めて、ずーっと奥の方。  思い出さなくて良いんだ。  そうすれば、苦しまなくてすむから。  思い出さないようにするんだ。  そうすれば、悲しまなくてすむから。  みんなに変な顔されたっていいよ。  そのくらい、あの時の傷の痛みに比べれば、全然マシ。  なぁ、お前怒る?  こんなオレのこと、怒る?  だけどさぁ、全部お前のせいだよ?  *****
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

285人が本棚に入れています
本棚に追加