act.9

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 オレの字じゃない文字を譜面の中に見つけるたびに、首を傾げた。  しかも何枚もあるそれは、それでも耳に覚えのあるメロディーで。  えらく癖のある、お世辞にも綺麗とは言えないその字に、懐かしささえ覚えながら、ゆっくりとなぞる。  小さくメロディーを紡ぎながら、あれ? と思うのは。自分がメインじゃなくて、ハモを歌ってること。  独りで歌うのに、メインもハモもないだろう、と思うのに。  明らかにメインのメロディーじゃなくて。  よく譜面を見てみると、歌詞は自分の字だけど、コード進行は他の誰かの字だったりして。  じゃあ、オレは誰かと一緒に歌ってた? でも誰と。  首を傾げるといつも、メロディーが聞こえてくる。  それは、さっきまで自分がハモっていた歌だったり、違う曲だったりしたけれど。  覚えのある懐かしい声だった。  だからもう、何にも難しいこと考えないで、聞こえてくる音に負けないようにハモってやる。  そうすると、覚えのある声が、笑うんだ。 『そんなおっきい声出すと、おばさんに怒られるんじゃないの?』  そんなことないよ、と返そうとすると、必ず下から怒られた。 「明! 声が大きい! もう、ご近所迷惑でしょう」  ビックリするのと同時に、その懐かしい声もメロディーも何処かへ姿を消してしまう。
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