285人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
お母さんの声の方が近所迷惑だよ、と思って部屋を出るのは、最近の習慣みたいなものだった。
ゆっくりと外を歩きながら、今にも泣き出しそうな空を見上げる。
雨が降るかも知れない。
傘を取りに帰った方が良いかも知れない、なんて考えは一瞬頭を掠めたけれど。
別に良いか、とあっさり諦める。
急がずに家の近くの公園に入って、隅に植わっている樹齢何十年、なんていう大木に足をかけた。
最近、この木に登って、近付く空を見上げるのが好きだった。
慣れた動作でよじ登って、空に一番近い場所で太い枝に腰を下ろす。
投げ出した足をブラブラさせながら、灰色の空を見つめる。
アイツのいる場所も、雨なのかな。
思ってから、はた、と気付く。
アイツって誰だよ、だから。
もう苦笑しか浮かばない唇を噛んでから、耳の奥の方に残ってるメロディーを口ずさむ。
ぽつり、と何かが顔に当たった気がしたけれど、気のせいだと決めつけて、歌い続けた。
届くように。
忘れないように。
ここにいることを、教えるために。
ずっとずっと、本当は心の底から、愛していると言うことを、伝えるために。
この空を伝って、溶けた想いが届くように。
葉に当たる雨音に消されないようにと、声を大きくしながら。
頬を、雨とは違う、温かいものが伝っていくのには、気付かないフリをした。
最初のコメントを投稿しよう!