act.10

2/6

285人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
 待ち望んだ合格発表。たぶん、同じ場所にいた誰よりも、合格を望んでた。  ダメでももう、絶対こっちの予備校に通ってやるとさえ思ってた。  目的は、ここにくることじゃない。ここに、この場所に、還ってくること。  握りしめた受験票。ぐちゃぐちゃになってるのを慌てて伸ばして、確認した番号。 「…………あきら……」  泣きたいくらい、今君に逢いたかった。  *****  合格発表は、直接受験した大学に見に行くか、パソコンで見るか、郵送を待つかの3択。  だけど、交通費がかかるとか、待ってればその内解るとか、そんな悠長な気分になれなかったのは多分。  もう、アイツに会いたくて逢いたくて仕方なかったから。  どうしようもなかった。  3年なんてもう、長すぎた。  化石になるかと思った。  何回も帰りたくなったけど、その度に踏みとどまった。  帰ったら、もう二度と、あの場所を離れたくなくなる。  アイツの傍から、離れたくなくなる。  そう思うと、帰れなかった。  親に電話することも、友達に電話することも忘れて、走り出してた。  せっかく皺を伸ばした受験票が、また手の中でぐちゃぐちゃになってたけど、もう構わなかった。  逸る胸。  転けそうなくらいの勢いで走りながら、近くの駅に駆け込んで、券売機にわたわた小銭を落とす。  もう、心臓がハレツすると思った。  走った勢いと、高鳴りとで、きっとたぶん、アイツに逢った瞬間に弾けるんじゃないかと思うくらいに。  電車が、明石の駅に向かう間中、心臓はバタバタと荒れていた。  アイツに会えると思うだけで、嬉しくて堪らないのに。  胸の奥に一つだけ、小さな小さな不安が影を落としてた。  アイツは、オレのことを許してくれるのかな?  あんな風にアイツを残してきたオレを、許してくれるのかな。  急速に冷えていく胸の内では、違う意味で心臓が暴れ出してた。  緊張とか、不安とか、だけど嬉しいキモチとか。  荒れ狂う。  どうすればいいのか、解らないくらい。  震える手で切符を改札に通して。  ゆっくりと歩き出した街は、あの頃と変わらずにそこに在った。  帰ってきたんだと、実感しながら空気を吸い込む。  排気ガスの匂いじゃなくて、潮の匂いが胸に入ってくる。今日は天気が良いせいか、潮は生臭くなく、爽やかで清らかだった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

285人が本棚に入れています
本棚に追加