act.11

2/5
前へ
/72ページ
次へ
 暑い暑い夏だった。  だけど、一番幸せな夏だった。  封じ込めておくには勿体ないほどに、キラキラ輝く、大切な夏だった。  *****  旅行に行こうと言い出したのが結人で、京都がいいと言ったのがオレだった。  新幹線なんて高い乗り物には乗れるはずもなくて。新快速に乗って、1時間ちょっと。  近代的な駅に降り立ってから、キョロキョロお上りさんみたく見回して。  恥ずかしいなぁ、とか言い合いながら、どうにかこうにかバスに乗り換えたり、私鉄に乗り換えたりして。  楽しかった。すごく。  目に見えるもの全部、キラキラしてるようにさえ思えた。  夏の暑さなんてもう、どうでも良くなるくらいにはしゃいでた。  たくさん笑って、色んなものを見て。  夏休み最後の思い出が、文字通り最後の思い出になることなんて、思いもせずに過ごしてた午後。  人の少ない川辺を歩く内に堪らなくなって、靴と靴下を手に飛び込んだ川。 「明っ、何してんの急に」 「いーじゃんもう、ずーっと我慢してたんだってば」 「……」 「ゆーとも!!」 「ぅぁっ、おまっ……オレ靴はいたままなのに!!」 「いーじゃん」 「もう……」  苦笑する結人を、引っ張り込んでから。  ばしゃばしゃ走り回る。  ふと、太陽の光に何かがきらりと光ったのに気付いて。  ゆっくりと歩み寄って、そっと手を伸ばす。 「…………きれー……」  つかみ取ったそれは、空色に輝く石だった。  きっと、川の流れに流されて、それでも形を残してきた、瓶の欠片。  川縁で、文句言った割には楽しそうな顔してた結人を、大声で呼んだ。 「ゆーとー!!」 「なに、どうした!?」  急な声に驚いたらしい結人が、駆け寄ってくるのに笑ってみせる。 「あげるー」 「へ?」  キョトン、とした顔で立ち止まった結人に、ぽいっ、とそれを放り投げた。 「旅行に誘ってくれたお礼」  笑いかけると、手を開いた結人が、青さを認めてにっこりと笑う。 「ありがと」  空の眩しさの下で、石を翳して笑う結人に、気恥ずかしいようなキモチを覚えながら、笑い返した。 「大事にしろよー」 「ん」  こんなちっぽけな石のかけら、大切にする高校生なんていない、なんて思ったけど。  結人は酷く大切そうに、それをポケットの中にしまいこんだ。 「ありがと」  もう一度呟いた結人の瞳が、一瞬揺れたような気がしたけど。  次の瞬間には、いつも通りに笑っていた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

285人が本棚に入れています
本棚に追加