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暑い暑い夏だった。
だけど、一番幸せな夏だった。
封じ込めておくには勿体ないほどに、キラキラ輝く、大切な夏だった。
*****
旅行に行こうと言い出したのが結人で、京都がいいと言ったのがオレだった。
新幹線なんて高い乗り物には乗れるはずもなくて。新快速に乗って、1時間ちょっと。
近代的な駅に降り立ってから、キョロキョロお上りさんみたく見回して。
恥ずかしいなぁ、とか言い合いながら、どうにかこうにかバスに乗り換えたり、私鉄に乗り換えたりして。
楽しかった。すごく。
目に見えるもの全部、キラキラしてるようにさえ思えた。
夏の暑さなんてもう、どうでも良くなるくらいにはしゃいでた。
たくさん笑って、色んなものを見て。
夏休み最後の思い出が、文字通り最後の思い出になることなんて、思いもせずに過ごしてた午後。
人の少ない川辺を歩く内に堪らなくなって、靴と靴下を手に飛び込んだ川。
「明っ、何してんの急に」
「いーじゃんもう、ずーっと我慢してたんだってば」
「……」
「ゆーとも!!」
「ぅぁっ、おまっ……オレ靴はいたままなのに!!」
「いーじゃん」
「もう……」
苦笑する結人を、引っ張り込んでから。
ばしゃばしゃ走り回る。
ふと、太陽の光に何かがきらりと光ったのに気付いて。
ゆっくりと歩み寄って、そっと手を伸ばす。
「…………きれー……」
つかみ取ったそれは、空色に輝く石だった。
きっと、川の流れに流されて、それでも形を残してきた、瓶の欠片。
川縁で、文句言った割には楽しそうな顔してた結人を、大声で呼んだ。
「ゆーとー!!」
「なに、どうした!?」
急な声に驚いたらしい結人が、駆け寄ってくるのに笑ってみせる。
「あげるー」
「へ?」
キョトン、とした顔で立ち止まった結人に、ぽいっ、とそれを放り投げた。
「旅行に誘ってくれたお礼」
笑いかけると、手を開いた結人が、青さを認めてにっこりと笑う。
「ありがと」
空の眩しさの下で、石を翳して笑う結人に、気恥ずかしいようなキモチを覚えながら、笑い返した。
「大事にしろよー」
「ん」
こんなちっぽけな石のかけら、大切にする高校生なんていない、なんて思ったけど。
結人は酷く大切そうに、それをポケットの中にしまいこんだ。
「ありがと」
もう一度呟いた結人の瞳が、一瞬揺れたような気がしたけど。
次の瞬間には、いつも通りに笑っていた。
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