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「ところでさ。どーすんの?」
「何が?」
「ズボンの裾、濡れてるよ?」
「…………結人なんて靴までびしょ濡れじゃん」
「これは、明のせいでしょ。無理矢理引っ張り込むから!」
笑う結人に、笑って見せた。
「大丈夫。すぐ乾くよ。こんな暑いんだから」
楽しい楽しい旅の終わりは、案外呆気なく訪れた。
体を繋いだことから来る負担が、身体中を軋ませる音に目を覚ますと、結人は姿を消していた。
しょぼいホテルの、机の上。
置かれた一枚の紙切れ。
怠い躰を引きずって、よれよれと手に取ったそれに、愕然としたのを、今でもハッキリと覚えてる。
『ごめん明。黙ってたことがあるんだ。
オレは、2学期から東京に行くことになった。
ホントにごめんな。
でもオレは、絶対に明のことが好きなんだってこと、忘れないで欲しい。
このまま、東京行くけど。
でも、オレは。
明が大好きだよ。』
見慣れた、癖のある字。
東京に行くことになった? なんだよそれ。一言も聞いてない。
黙ってたコトがある? ごめん? そんなんで許せると思ってるの?
何考えてんの? なにこれ。昨日のは、なんだったわけ?
お前、嬉しいって言ったじゃん。
こんな幸せでどうしようとか、バカみたいなこと言ってたじゃん。
何これ。どういうこと?
ふざけないでよ、ホントに。
いい加減にしろよ。
ちょっと待てよ。
どうしろって言うんだよ。
忘れないで欲しい? 都合の良いことばっか言うなよ。
「ふ……ぅっ……っ」
今すぐ、抱き締めてもくれないくせに。
今すぐ、慰めてもくれないくせに。
今すぐ、笑い返してもくれないくせに。
「ゆうと……ッ」
こんな泣いてること、気付かないでいるくせに。
こんな淋しく思ってること、知らないでいるくせに。
こんなにも、哀しくて痛くて苦しくて悔しくて。
どうしようもないキモチでいること、知りもしないで。
都合の良いことばっかり。
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