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「頑張ってね」
「うん、ありがとう」
優しく笑う、だから、笑い返す。
「帰ってくることがあったらさ、また遊ぼ?」
「そうだね。連絡する」
「ん。待ってるね」
鳴り響くのは、発車を知らせるベルの音。
「…………明くん」
「何? 朔弥くん」
*****
帰ってきた懐かしい場所で、始めた独り暮らしはなかなかに新鮮だった。
もちろん、「独り」であることの寂しさを味わうことだってあるし、本当に全部、自分でやることに負担を感じたりもするけれど。
「ゆーとー、これもらうよー」
「おー」
二人きりになれる、というのはなかなかに良いことだと思う。
外に出るとやはり恥ずかしいのか、明はなかなか甘えてはくれないし、ただの男友達でありたがる。
それはそれで楽しいから構わないけれど、恋人、的な付き合いだってしたい。3年の空白がある分、余計に。
ペットボトルを持って部屋に戻ってきた明は、ごくごく自然に、隣りに座る。
人前では絶対にしてくれない行為に、自分でもバカだとは思いながら、ホッとしたり、顔が緩んだりする。
別にイチャイチャベタベタしなくたって、こうして存在を感じていられるだけで幸せなんだと。知っているから、この空間を大切にしたいとも思っている。
辛かった3年間だって、きっと無駄じゃないと思えるのは、こんな瞬間だ。
「…………今日さぁ……」
「ん?」
ちゃぷん、とペットボトルの中身が揺れた音を立てた後。
明がぼんやりと口を開いた。
覗き込んだ顔の、綺麗な瞳はどこか遠くを見つめていて。
「どしたの?」
「うん」
自分から話し始めたくせに黙り込むのに、小さく苦笑。
どうしたんだよ、と軽く小突けば。
「……朔弥くんがさぁ……今日、行っちゃったんだよね」
「……は?」
唐突なセリフに、キョトンとする。
「知らない? 朔弥くん」
「知ってるよ」
「じゃあ、大学受かったことは?」
「知らないけど、受かるだろうな、頭イイし」
何の話だ? と内心首を傾げる。
だいたい、行ったって、どこにだよ。
相変わらず国語が下手な明に、苦笑していれば。
「慶応、受かったんだよ」
「…………すげ」
思わず呟きながら、教師達がさぞ喜んだだろう、などとどうでもいいことを考える。
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