12 英雄の詩(うた)

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 先刻ちらついた雪は止んでいた。  馬車は山道をゆっくりと進む。幌の中から後ろを見ると、シャインウッドを囲む山々が遠くに霞むように見えた。  酒が詰まった木箱に腰を掛け、アルトはリュートを手に考え込んでいる。  しばらく考えてから、何か思いついたようにリュートを弾き始めた。  ”魔女が笑い、竜が吠える”  ”河は裂け、山が燃える”  ”震える王国、逃げまどう人々”  ”王女の祈りが天に届く時、英雄は現れる”  ”光の剣が空を舞い、悪魔の竜は倒される”  ”その名はアラン。剣神アラン・アスロウム”  そこまで歌ってアルトは演奏を止めた。 「どうもいけませんねぇ。良い詩が浮かんでこない」 「才能無ぇんじゃねぇか?」  ギンジは香辛料の詰まった布袋を枕にして仰向けに寝転がっている。 「酷いこと言うなぁ」 「大体よ、王国とか王女とか、話が大袈裟すぎねぇか?」  「シャインウッドを一つの国と考えるなら、伯爵が王でソフィアさんが王女ってことになる。話は大きくしたほうが面白いでしょう?」 「じゃあ悪魔の竜ってのはハグラーのことかい?」 「正解。ギンジさんにしては上出来です」 「けっ、四十人斬りがあっという間に百人斬りになっちまう理由がおめぇを見てると良くわかるぜ」  ギンジは薄笑いを浮かべて寝返りを打った。  アルトがリュートを下に置き、幌に寄りかかりながら後ろを見る。 「あれ? クロスさんじゃないかな? ほら、あそこ」  いつの間に追い越したのか、一人の旅人が後方を歩いているのが見える。 「お、本当だ、ありゃークロスの旦那だ。間違いねぇ」  膝下まで有る黒いマントに身を包み、唾の広い帽子を目深に被って、下を向きながら黙々と歩く姿は、紛れもなくクロスであった。  ギンジが御者に声を掛け、一旦馬車を止めてもらう。 「おーい、クロスの旦那ー」  ギンジの声に気付いているのかいないのか、クロスは下を向いたまま歩き続ける。
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