0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「きみ、名前は?」
大学の授業では珍しくない。教授が生徒の名を覚えていないんて。
一度に講義を受ける生徒は百人ちかく。クラスもない、講義だけの仲の生徒を教授は一人一人覚えるはずもない。
銀色の髪の少年はぽつりとこたえる。
「――エンデ」
少年の名に周囲の生徒が反応した。
「あいつって…」
教授は僅かにざわめく生徒には気にも止めず、銀色の髪の少年エンデに諭すように言葉をかけた。
「エンデ、もっと具体的に説明してくれよ」
苦笑の色がにじむ顔の教授をエンデは一瞥すると、ポフッという擬態語が似合うように腕の中へと伏せた。
もうこれ以上は何も答えたくないようだ。
「あぁ、悪かった。悪かった。飛び級の君には易しすぎるよね?」
周りの生徒は、「やっぱり…」というようにエンデに好奇の目を向けた。
じゃあ他に、と言う教授の声かけに講義室のどこかにいる女生徒が声を張って答えていた。
――はい、月食は地球が太陽の光を遮り、日食は月が太陽の光を遮る…
腕に伏せたエンデには、講義室内によく響く女生徒の声もどこか、遠い遠い場所から聞こえるこだまのように聞こえていた。
エンデ
彼の本当の名は「エンデ」ではない。
軽い眠気が少年をおそった。
中庭に生える大きな大きなイチョウの木から、漏れる木漏れ日。
エンデは授業の間に、専らこのイチョウの木を眺めていた。
なぜかこのイチョウの木に惹かれるのだ。
イチョウの黄色い葉を欺く木漏れる光が染めているかのようで、
優しく、暖かに溶け込んでいる。
銀色の髪の少年は夢に行きつくその前に思わず形のよい唇を動かした。自分をなだめるように、あの「夢」でみた声色を辿るように
己の名を紡ぐ。
時は満ちていた。
人々は後にそれを「運命」と呼ぶのだろう。
「…エンデ…エンデ」
―――エンディミオン・シーパー
最初のコメントを投稿しよう!