茅夏の場合

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「あ~」 無情に過ぎ去ってしまったバスの背中に、安住茅夏(アズミチナツ)は、公道だということも忘れて、落胆のため息をこぼした。 別に行くアテがしかと決まっているわけじゃない。 予定があって、このバスに乗り遅れたからって、どうこうなるわけじゃない。 ただ、吐き出した息さえ白くなる程、寒い2月の夕方。大きなボストンを肩から提げて、周囲に何もない道で、時をやり過ごすのは虚しすぎる。 (次のバスは、げっ、30分後) だから、田舎は嫌なのよ。 腕組みして、舌打ちしても、聞いてくれる者さえなく、夕日は茅夏の他にはビニルハウスに最後の輝きを落としていくだけ。 国道に出ればもう少しバスの本数あったはず。 そう思って、茅夏は再び歩き出す。 ぼんやり次のバスを待つのも、御免だった。 もしも、あいつが追いかけてきたら困るし。 自分に言い訳するように、彼女はカバンを抱え、足早に歩く。 けれど曲がり門で、彼女がたどった一本道をちらと横目に見ても、皮肉なくらい見通しのいいその道に、人影は何もなかった。 彼の姿がないことに、ほっとしたはずなのに、心に一陣の風が吹く。
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