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それからしばらく、俺は朝陽さんと秋葉原さんが話しているのを無言で眺めていた。2人は美味しそうにプリンを食べていて、食後のデザートとして配られたそれは当然俺の目の前にもあった。
「食べないのかい?」
「七海が好きだから持って帰るわ……」
俺は首を振って返した。別にプリンが嫌いな訳じゃない、むしろ好きな方だ。でも、今はこのプリンを食べる余裕すらもう空いていない。
何分経ったか、ようやくお腹が落ち着いてきた時だった。胃の代わりに瞼が重たくなってきた。あくびが出たのと同時に、ポケットの中でスマホが震えた。
「あれ、尚斗だ」
そう言うと、朝陽さんと秋葉原さんのプリンを食べる手が止まった。朝陽さんがジェスチャーで出ろと促してくる。
「おう、どした? ……へぇ、何があったよ」
スマホからは尚斗の焦った声が聞こえた。とは言えこいつが俺に電話してくる時って大体焦ってるし、大体大した事じゃない。
「傘を盗まれて帰れなくなって、結果として春川さんのお母さんが来る事になったらしい。でも春川さんはお母さんに秋葉原さんと遊びに行くって言ってる、と」
俺は尚斗が言った事をほぼそのまま繰り返した。確認のためではなく、もちろん朝陽さんと秋葉原さんに伝えるためだ。
『で、なんて説明しよう』
「いやフツーに挨拶すりゃ良いだろーが」
反射的にそう突っ込んでしまった。それを聞いて隣で秋葉原さんが声を抑えて笑っていた。
大体説明って、今のをそのまま言えば良いだけだろ。春川さんが秋葉原さんと遊ぶって嘘を付いていたのはそれは春川さんがお母さんに改めて説明すれば良い話だし。
「翔希」
朝陽さんに小声で呼ばれた。手をこちらに差し出している。
「……良い答え、知りたいか?」
『も、もちろん!』
尚斗が即答した。
「了解、今目の前に朝陽さんがいるんだけど、代わるわ」
『お疲れ様でしたっ!』
あ、切られた。俺の反応を見てそれが分かったのか、朝陽さんはつまらなさそうに手を引いた。
「なんだ、私から挨拶をしようと思ったのに」
「ま、仮に俺が尚斗の立場だったとしてもそれは遠慮するわ。朝陽さんって春川さんのお母さんは知ってたりしないのか?」
「面識は無いと思うね、少なくとも私は覚えていない……いや、龍之介が産まれてまだ入院している時に見舞いに来た女性がいたな。見かけただけだが、彼女がそうかもしれない」
「あっ、あそこで働いてるんですよ。音無君のアパートの近くの郵便局」
「なるほど、良い事を聞いた」
朝陽さんがニヤリと笑った。あ、これ行くやつだ。
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