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「しょ、翔希、あの人知ってる?」
「……3年の武畑っつー人だ」
翔希は小声でそう言った。その人と陽菜さんが何か話している異様な光景のせいか、クラスはすっかり静まっている。
「たけはた……」
「知ってるって程じゃねぇ。何回か噂を聞いたぐらいだ……良い噂は1個もねぇがな」
「そ、そんな人がなんで春川さんに……」
「やべぇかもしれねぇな。目を付けられたかも」
しばらくし、陽菜さんはその人……武畑先輩から離れて席に戻った。武畑先輩もいなくなったが、静まった空気が元に戻る事はなかった。陽菜さんの友達数人が陽菜さんの所に駆け寄っている。
「俺も行ってくるわ、お前は待ってろ」
翔希がそう言い席を立って陽菜さんの所に向かった。何を話しているのか聞き耳を立てたかったけど、心臓の音がその邪魔をした。
「尚斗、不良と付き合ってる子はなんでそうしてると思う?」
戻ってくると、翔希はそんな事を訊いてきた。
「そ、それは……本に書いてあったのは、気を遣わないでいてくれるのが楽、とか……」
「それも実際あるだろうけど、じゃあ質問を変える」
翔希はいつになく真剣だった。聞きたくない事を言われると確信し耳を塞ぎたくなった。
「不良に言い寄られて、怖くて断れなかったって子が、いないと思うか?」
「それは……」
「やべぇ。本当にやべぇ。春川さんははぐらかしたけど、可愛い子がいるって話聞いて見に来たみたいだ。しかも、携帯の番号教えちまったらしい」
「そんな、俺があれだけ苦労した番号を会った初日に……」
「そういう事じゃねぇよ真面目に聞け。とにかく、俺が聞いたあの人の噂はマジでロクなもんじゃねぇ。お前の想像よりはるかにヤバい。中でも……」
翔希は俺に顔を近付けた。焦った顔というより、怒りを滲ませたような顔をしている。
「女子関係の噂は、本当に胸糞悪いのばっかりだ。ハッキリ言ってクソ野郎だ」
全身の血が冷えた気がした。チャイムと同時に立ち上がり、どこかに行こうとする。
「しょ、翔希。どこ行くんだ?」
「色々だよ。このままもし春川さんが告白なんかされたらおしまいだ」
「お、おしまいだって……あんなの断ればーー」
「はいって言うまで殴るようなヤツ相手だぞ! そんな甘い事言ってんじゃねぇッ!」
怒鳴るように言い、翔希が教室から出て走っていった。その様子を、俺は見ている事しかできなかった。立ち上がろうとしたが、膝が震えて力が入らなかった。
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