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教室は異様な空気だった。教室の外を歩いている他のクラスの生徒の楽しそうな声が、何だか違う世界から聞こえてくるような気がした。
「陽菜」
それは小さな声だったけど、ほとんど誰も喋っていない教室にはよく響いた。秋葉原さんだった。強ばった表情からして恐らく翔希から話を聞いたんだろう。
「今から良い?」
陽菜さんがゆっくりと頷いた。荷物をまとめて立ち上がると、周りにいた陽菜さんの友達が離れていく。他のクラスメートも様子を気にしていたけど、あまり関わりたくないようでそれだけだった。
「……それから」
秋葉原さんが俺の方を見た。目が合うと、1度深呼吸した。
「……巻き込んでも良い?」
俺は頷いた。拒否権は無いと思ったし、あっても使うつもりもない。秋葉原さんはそれに応えるように頷くと、陽菜さんの手を取って歩き始めた。
後に続いて教室を出ると秋葉原さん達は外へと向かっていた。その背中を追うように俺も外へと向かう。
翔希はどこに行ったんだろうか。秋葉原さんに伝えたのは間違いなく翔希だろう。でも、だとしたらそれからどこに向かったんだろう。
まさかさっきの人の所に行ってたり……いや、さすがの翔希もそんな行動はしないはずだ。知り合いの先輩の所なんかに行ったんだろう。
校舎の外に出た。さっきの事が嘘みたいに明るい声がそこら中からしている。
「……はぁ」
思わず溜め息が出た。厄介な事になったから……そんな理由じゃない。
「……ごめんなさい。やっぱり迷惑だった?」
「え? あぁ、いや! そういう意味の溜め息じゃなくて……」
溜め息が聞こえたのか、秋葉原さんが振り返った。
「その……理由はちょっと、言えないけど迷惑とか嫌とか、そういうのじゃないんだ」
そう言うと秋葉原さんは頷き、再び歩き始めた。
溜め息の理由は簡単だ。翔希は色々と走り回ってくれていて、秋葉原さんはいち早く陽菜さんの所に駆け寄った。でも俺はただ慌てていただけで、何もできていない。
秋葉原さんが向かったのはファミレスだった。前にも4人で来た事のある所だ。あの時はあの時で大変だったけど、今の方がよっぽど深刻だ。飲む気は無かったけど何も頼まない訳にもいかなかったので、4人分のドリンクバーを注文した。
「海部君がここにいてって言ってたから、少ししたら来ると思う」
「うん……その、秋葉原さんはどこまで聞いたの?」
そう訊くと秋葉原さんは「少しだけ」と返事をした。
「危ない先輩に目を付けられたって。武畑って人がどんな人かは知らないの。音無君、知ってる?」
「いや、俺もさっき見たのが初めてで……」
俺は見た目の特徴を秋葉原さんに伝えた。とは言っても、伝えられる事なんて大柄な事と目付きが鋭い事だけだった。
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