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「うっす、よく寝れたか?」
玄関のドアを開けると、翔希はそう訊いてきた。俺が黙って首を横に振ると、翔希は「だろうな」と自分の目元を指差した。
「クマがすげぇや」
俺は力無く笑った。昨日は一睡もできなかった。徹夜をした事が無いわけじゃないけど、眠たいのに寝れなかったのは初めてだ。体がとてつもなく重たい。
「行こうぜ。春川さんを駅で待たせたら本末転倒だ」
俺は頷き、靴を履いた。アパートを出ると、道路で秋葉原さんが待っていた。
「おはよう……大丈夫?」
「う、うん。見てすぐわかるぐらいクマが付いてるのか……」
「クマというか、顔色がそもそも悪いわよ。あんまり気負わないで、体調崩したら色々と大変よ」
秋葉原さんにそう言われ俺は頷いた。確かにここで倒れたら大変だ。そう思い太陽を見上げて深呼吸すると、立ちくらみがして本当に倒れるように塀にもたれかかってしまった。
「おいおい、本当に大丈夫かよ。頼むぜ」
「ご、ごめん、大丈夫」
そう言い体勢を立て直す。今日の体育ではあんまり無茶な動きはしないようにしよう……。
駅に着きしばらく待っていると電車が停まる音がした。陽菜さんはこの電車に乗っているはずだ。
改札のそばで待っていると、陽菜さんが階段を降りてきた。俺達を見付けると小走りで向かってくる。普段だったら嬉しい事なのに、今は武畑先輩がいるんじゃないかと思うと気が気じゃない。
「お、お待たせ」
「おはよう春川さん。あれからどう?」
「うん、あれから連絡来てないよ」
陽菜さんにそう言われ俺は少し安心した。何も解決したわけじゃないけど、家に帰ってからもずっと電話が鳴りっぱなしだったらどうしようと思っていた。
「それじゃ、早いとこ行こう。尚斗、教室まで気を抜くなよ」
「わ、わかってる」
そう言い駅を出る。武畑先輩は大柄だからいればすぐにわかるはずだけど、それでも俺は周りをこまめに窺いながら歩かずにいられなかった。
「春川さんと秋葉原さんは夏休み何か予定あるの? 旅行とかさ」
「え、夏休み?」
陽菜さんが聞き返した。なんでそんな事を聞くのか不思議に思っているように見えた。
「翔希、こんな時に夏休みの事なんて……」
「いやさ、あんまり気を張ってると疲れるだろ? いざという時疲れきって何もできないわけにもいかないから多少関係無い話をして緊張解さないとさ」
翔希はそう言って軽く笑った。確かにその通りだ。これがいつまで続くかわからないのに、ずっとこんな状態だったらそれこそ本当に倒れてしまう。
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