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俺はゆっくりと振り返って翔希を見た。翔希もラインを見たようで、俺と目を合わせて小さく頷くと、自分の机の下を指差した。スマホを見ろと言っているようだった。
『やめるなら今のうちだぞ』
俺だけに送られたその文章を見て俺は溜め息を吐いた。そんな事を言われると本当に逃げ出したくなる。
その直後、今度はグループの方に翔希からのメッセージが送られてきた。
『俺と尚斗は放課後一緒に残るよ。秋葉原さんは危ないから教室で待機してて』
しばらくして『わかったわ、気を付けて』と秋葉原さんからの返事があった。俺も何か送ろうとしたけど、スマホを触る手が震えてまともに文字を打てなかった。
時計を見た。授業が終わるまでもう10分も無い。ホームルームをして帰るまで約30分。もうほんの30分後に、武畑先輩が来る。
何とか逃げられないだろうか、という考えが一瞬頭をよぎった。でも、それはすぐに無駄だとわかった。3年生の教室は1階、それに対してここは3階だ。1、2年生の下駄箱は2階なので俺達は2階まで降りる必要があり、鉢合わせる危険がある。
いや、仮に今日逃げられたとしても何も解決なんてしない。平日は毎日同じ学校にいるんだ、むしろ明日もっと酷い事になるに決まってる。
そんな下らない事を考えていると、あっという間に6限の終わりを告げるチャイムが鳴った。テストも終わり後は夏休みを待つだけだからか、ホームルームも特段連絡事項は無くすぐに終わってしまった。何だかあっという間に思えたけど、時計はしっかりと30分進んでいた。
「春川さん」
後ろから翔希の声がした。前の席の陽菜さんがこっちを向いた。陽菜さんが鞄を持ってこっちに向かってくる。
「反対されると思って作戦は伝えてなかったんだけどさ、武畑先輩が来たらとりあえず尚斗1人で話をしてもらう」
「えっ……? そんな、危ないよ」
「うん、危ない。でも大勢で行ったら話し合いにならないからさ」
翔希の言葉に納得したのか、陽菜さんは何も答えなかった。その代わりに、不安そうな目で俺の方を見た。
「……ごめんね、音無君」
「いや、そんな謝る事じゃ……俺もそれが1番良いって思ったから」
俺はそう返した。1番良いも何も、この翔希の案の他に方法なんて思い付かなかっただけだけど。
それに……。
「俺はーー」
口を開いた瞬間、足音が聞こえた。帰っていく人達のものとは明らかに違う、遠慮の無い大きな足音が。
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