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「…っ」
兄・経正(つねまさ)の琵琶の、弟・敦盛(あつもり)の笛の音が、どうしてか不意に思い出された。
自分がどんなに励もうと、出すこと、いや追い付き近付けることすら叶わない、美しい音色。
…羨望や嫉妬など、もうとうの昔に湧きもしなくなっていた。
「は、はは…」
頬に再び伝う雫。
きっともう、この世で聞けない。悟った。
苦い思いをさせられてきてもいたのに、涙は流れるのか。
…俊孝当たりなら、まだいるだろうか。
ぼんやりと別の従兄弟の名を思い出した時だった。
「――っ!」
顔を上げると、目の前に鎧武者がいた。
咄嗟に飛びのいて、その鎧武者から距離を取る。
「…傷付いている割には、良い反応だな」
青年は笑ったようだった。
こいつ、いつから…!?
気配を全く感じなかった。
いつもなら、こんなに近くに人が来る前には絶対に気付くのに…!
改めて見ると、洒落た色使いの大鎧だ。雑兵のそれより華やかさのある鎧からうかがえるように、名のある将なのだろう。
二十歳の半ばくらいか。見知らぬ端整な顔立ちが見えた。
「…!!」
一瞬、目が合った時。
背に氷を当てられた気がした。
ばくばくと、心の臓が動悸する。
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