先生と僕 ① 

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「先生……」  今はお弟子さんは? と言いかけて僕は途中でやめた。  なんとなく聞いてはいけないような気がしたのだ。  僕が道場に通っていた二年間で一番弟子が多かった時でも六人。四年前にシンツネル道場をやめた時は、実を言うと弟子は僕しかいなかったのだ。  なんと言ってもこの街にはチバ道場という超一流道場がある。普通はみんなそっちに通う。  それにショウイン先生は弟子にあまり教えない。適当に素振りをやらせたり、弟子同士で打ち合いをさせておいて、自分は道場の隅で寝転がって酒を飲んでいる。  ある道場生は、先生は自分が弱いのを隠すために弟子に稽古をつけないのだと言った。  また別の道場生は、先生は勿体ぶっているのだと言った。  僕はどちらも当たっていないと思っている。少なくとも僕が見る限り、先生は自分が弱かったとしてもそれを隠すような人ではないし、何かを勿体ぶるような人でもない。先生はただグータラなだけなのだ、と僕は思う。剣術をやっているより、酒を飲んでゴロゴロしてる方が好きなのだ。  そんなグータラな先生に酌をしながら、先生が酔ったついでに話してくれるデタラメを聞くのが僕は大好きだった。  男根を剣にして魔物と戦い国を救った勇者マラダイスキーの話。千人もの妾に夜伽をさせながら一人も子を作らなかったフェラーチ王の話。女神インラーンを手篭めにしようとして逆に精を搾り取られてしまった邪神ボッキーの話。当時まだ子供だった僕でも一発でデタラメだとわかるのだが、そのデタラメが妙に面白く、僕は剣を振っているよりそれを聞いているほうが断然好きだった。
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